魔法より、君に恋をする。

 その夜。

 生徒会室の明かりは、まだ消えていなかった。

 ルシアンは一人。

 昨日開いた古い記録を読んでいた。

《第一個体――リリア》

 最初の頁。

 文字は古い。

 ところどころ欠損している。

 それでも。

 読める。

『人類存続機構・対終焉型魔力生命構築計画』

 ルシアンの指が止まる。

「……生命構築」

 次の行。

『核形成に必要な願望総量――規定値未達』

『補填措置として、高適合魂片を使用』

 胸の奥が冷えた。

「魂片……」

 頁をめくる。

 名前。

 黒く潰れている。

 読めない。

 ただ。

『適合率――五〇・〇〇』

 半分。

 ルシアンは息を止めた。

 さらに下。

『残余五〇・〇〇――集合願望より形成』

「……」

 人々の願い。

 生きたい。

 助けてほしい。

 終わりたくない。

 無数の願望。

 そして。

 誰か一人の魂の半分。

 それを混ぜて。

 作られたもの。

「第一の……リリア」

 知らなかった。

 いや。

 知っていたはずだった。

 彼女が普通の人間ではなかったことくらい。

 世界を救うために生まれたことも。

 けれど。

 何から作られたのかまでは。

「なぜ僕の記憶にない」

 頁をめくる。

 次。

『人格形成後、計画責任者による――』

 文字が欠けている。

 さらに。

『当該個体より、初期命令系統の切断を確認』

『自律人格の発生』

『命令拒絶』

『選択行動――』

 そこから先は読めない。

「自律……」

 最初から。

 第一のリリアでさえ。

 ただの器ではなかった。

 作られた目的から外れ。

 自分で選び始めた。

 ルシアンは次の頁を開く。

 そこには。

 別の記録。

『再構築第一回』

 そして。

『個体復元率――』

 数字が削られている。

 第二回。

 第三回。

 第四回。

 十二回。

 同じ名前。

 リリア。

 けれど。

 復元。

 再構築。

 再配置。

 どの記録にも。

 完全同一という文字はない。

「……待て」

 ルシアンは紙を並べる。

 一回目。

 二回目。

 三回目。

 十二回目。

 そして。

 現在。

 十三回目。

 違う。

「十三回目じゃない」

 思わず声が出た。

 十三本目の線。

 それを。

 十三回目の再構築だと思っていた。

 でも。

 もし違うなら。

「十二回で終わっている」

 記録上。

 再構築は十二回。

 現在の世界を示す十三回目の記録が。

 ない。

 どこにも。

「じゃあ、彼女は」

 どうやって生まれた。

 頁をめくる。

 最後。

 ほとんど消えかけた文字。

『第十二再構築終了後、中央核に想定外の――』

 欠損。

『独立――』

 読めるのは一語。

 さらに下。

『新規魂――』

 ルシアンの手が止まった。

「新規」

 復元ではない。

 再構築でもない。

 継承でも。

 転生でもない。

 新しい。

「……まさか」

 十三本目。

 中央から外へ伸びる線。

 分離。

 独立。

 新規魂。

 すべてが。

 一つの可能性へ繋がっていく。

 今のリリアは。

 十三番目のリリアではない。

 第一のリリアの復元でもない。

 十二回を生きた魂の続きですらない。

「別人……」

 口にした瞬間。

 胸の奥で。

 何かが強く鳴った。

 違う。

 その言葉では足りない。

 別人だから何だ。

 今日。

 試合に勝って笑っていた少女。

 自分へ手を上げて。

『全員だから』

 そう言った彼女。

 あれは。

 誰の代わりでもない。

「……君は」

 ルシアンは記録へ目を落とす。

 まだ確証はない。

 欠損が多すぎる。

 新規魂が、現在のリリアを示す保証もない。

 それでも。

 もし。

 本当にそうなら。

『お前じゃない』

 あの声だけは。

 正しかったことになる。

 彼女は。

 その声が探しているリリアではない。

 けれど。

「だからといって」

 ルシアンの声が低くなる。

「君を返す理由にはならない」

 そもそも。

 返すことなどできない。

 彼女は誰かの所有物ではない。

 第一のリリアの代用品でもない。

 過去を再現するための器でもない。

 そして。

 その時。

 記録の最後の頁。

 何も書かれていなかったはずの場所に。

 文字が浮かんだ。

「……?」

 淡い光。

 古代文字。

 ルシアンは目を細める。

 ゆっくりと。

 一文字ずつ。

 読む。

『独立個体識別名――』

 そこで。

 文字が途切れた。

「……名前」

 ある。

 彼女には。

 リリアではない。

 彼女自身の名前が。

 ルシアンが頁へ手を伸ばす。

 その瞬間。

 すべての文字が消えた。

「待て」

 光が消える。

 何も残らない。

 白紙。

「……」

 ルシアンはしばらく動かなかった。

 やがて。

 小さく笑う。

「そこまで見せておいて?」

 答えは。

 まだ。

 届かない。

 けれど。

 確かなことが一つある。

 彼女自身の名前。

 誰かに与えられた役割ではなく。

 過去の少女から受け継いだものでもなく。

 今ここにいる彼女だけを示す名前が。

 どこかにある。

「……見つけるよ」

 ルシアンは白紙になった頁を閉じた。

「今度は、君を誰かに戻すためじゃない」

 紫の瞳が静かに細められる。

「君が君として生きるために」

 窓の外。

 月は。

 今夜は白かった。