魔法より、君に恋をする。

 強く腕を引かれる。

 身体が後ろへ倒れる。

 誰かの胸にぶつかった。

「っ……」

「リリア!」

 レオンハルト。

 金色の防壁。

 黒い線。

 昼の空。

 全部戻っている。

「レオン、先輩」

「僕を見て」

 両肩を掴まれる。

「リリア、僕を見て」

 青い瞳。

 今。

 ここ。

「……見てる」

「名前は?」

「リリア・アステル」

「僕は?」

「レオン先輩」

「ここは?」

「アルカディア」

「今日は?」

「春季実戦祭」

「よかった」

 レオンハルトが息を吐いた。

 その顔が青ざめている。

「何があった?」

「黒い月」

「見えた?」

「うん」

「ほかには?」

 リリアは答えようとして。

 止まった。

『お前じゃない』

『リリアを返してもらう』

「……」

「リリア?」

「私じゃないって言われた」

「何?」

「声に」

 レオンハルトの表情が変わる。

「『お前じゃない』って」

 口にした途端。

 自分の存在そのものを否定されたような気がして。

 急に怖くなった。

「私、リリアなのに」

「そうだよ」

 即答だった。

「でも」

「リリア」

 レオンハルトの声が強くなる。

「君はリリアだ」

「……」

「誰が何と言っても、今ここにいる君は君だ」

 肩を掴む手に力がこもる。

「僕が知ってるのは、君だ」

 昨日の言葉。

 今の君。

「……うん」

「大丈夫」

 その時。

「リリア!」

 今度は本物の声がいくつも重なった。

 ノア。

 セシル。

 アレン。

 カイル。

 四人がこちらへ走ってくる。

「無事!?」

 最初に着いたノアが、リリアの顔を覗き込む。

「うん」

「怪我は?」

「ない」

「本当に?」

「ない」

 セシルもすぐ隣へ来る。

「顔色悪いよ」

「ちょっと変なの見た」

「何を?」

「黒い月」

 四人の表情が変わった。

「……」

 アレンが黒い術式を見る。

「十三本」

 カイルが呟く。

「またか」

「ルシアン先輩は?」

「来る」

 ノアが答える。

「監督生権限で試合を止めた」

「試合」

 リリアが顔を上げる。

「そうだ、まだ途中」

「今それどころじゃない」

 セシルが言う。

「でも勝てそうだった」

「リリア」

「救助対象二体取って――」

「リリア」

 今度はカイル。

「何?」

「終わりだ」

「でも」

「棄権でいい」

「嫌」

「リリア」

「勝てた」

「知ってる」

「なら」

「お前が無事なら、それでいい」

 リリアは口を閉じた。

 以前なら。

 きっと腹が立った。

 勝手に決めないで、と。

 でも今は。

「……私だけ?」

「何?」

「私だけ無事ならいいの?」

 カイルが黙る。

「それは嫌」

 リリアは全員を見る。

「六人で出た」

 朝、自分が言った。

「六人で帰るって言った」

 セシルが少し笑う。

「うん」

「だから」

 リリアは立ち上がる。

「全員無事なら、それでいい」

 アレンが鼻で笑った。

「やっと分かったか」

「アレン先輩に言われたくない」

「何でだよ」

「一番無茶する」

「お前が言うな!」

「二人とも今やる?」

 ノアが呆れる。

 その時。

 空から深紫の光が降りた。

 ルシアン。

「全員いるね」

 地面へ降りるなり、六人を確認する。

「怪我は?」

「なし」

 レオンハルトが答える。

「リリアが一時的に意識を失ったような状態になりました」

「何秒?」

「五秒程度です」

「体感は?」

 ルシアンがリリアを見る。

「もっと長かった」

「何を見た?」

「黒い月」

 ルシアンの表情が硬くなる。

「それから声」

「何と言った?」

 リリアは少し迷った。

 でも。

 隠さないと決めた。

「『見つけた』」

 全員が聞いている。

「『今度こそ、返してもらう』」

「何を?」

 ルシアンが聞く。

 リリアは答えた。

「リリアを」

 沈黙。

「それから」

 喉が少し詰まる。

「私に、『お前じゃない』って」

 誰もすぐには話さなかった。

 最初に動いたのは、セシルだった。

 リリアの手を取る。

「何それ」

「セシル?」

「知らないよ、そんな声」

 灰青の瞳が真っ直ぐリリアを見る。

「リリアはリリアでしょ」

「……うん」

「私が知ってるリリアは、ここにいる」

 レオンハルトが静かに頷く。

「僕も同じことを言った」

「なら二票」

 セシルが言う。

「僕も入れて三票」

 ノアが続く。

「馬鹿らしい」

 アレンが眉を寄せた。

「誰が何言おうが、お前はお前だろ」

「四票」

「数える必要があるのか」

 カイルが言う。

「お前はお前だ」

「五票」

 最後。

 リリアはルシアンを見る。

「ルシアン先輩は?」

「僕?」

「六票目」

 ルシアンはしばらく彼女を見つめた。

 その瞳だけが。

 ほかの五人とは違った。

 驚きではない。

 もっと深い何か。

 まるで。

 その言葉を。

 ずっと前から知っていたような。

「……もちろん」

 ルシアンは笑った。

「君は君だよ、リリア」

「六票」

「満場一致だね」

 ノアが言う。

 リリアは少しだけ笑った。

「じゃあいい」

「軽いなあ」

「六対一だから」

「多数決で存在証明する人、初めて見たよ」

「強いでしょ」

「そういうところ、本当に強い」

 ノアが笑った。