魔法より、君に恋をする。

 しばらくして。

「クロフォード先輩」

「何だ」

「なんでここ?」

「人が少ない」

「甘いもの食べてるところ見られたくない?」

「違う」

「じゃあ?」

「……静かだからだ」

 カイルは温室の天井を見上げた。

 夕方の光が、ガラス越しに落ちている。

「食堂は騒がしい」

「うん」

「街へ出れば訓練に間に合わない」

「うん」

「ここなら近い」

「なるほど」

 合理的。

 いかにもカイルらしい。

「好きなの?」

「何が」

「ここ」

 少し間があった。

「ああ」

「へえ」

「意外か」

「ちょっと」

「なぜ」

「クロフォード先輩、花より訓練場の方が好きそう」

「偏見だ」

「当たってる?」

「半分」

「半分は花?」

「静かな場所が好きなだけだ」

 リリアは周囲を見る。

 白い花。

 薄紫の花。

 知らない植物がたくさんある。

「じゃあ」

「何だ」

「ここ、先輩の秘密の場所?」

「秘密というほどではない」

「でも人少ない」

「ああ」

「私連れてきていいの?」

 カイルがリリアを見る。

「嫌なら連れてこない」

 短い言葉。

 でも、それだけで十分だった。

「嬉しい」

「そうか」

「うん」

 リリアはもう一枚クッキーを取った。

「また来てもいい?」

 カイルの指が止まる。

「一人で?」

「先輩と」

「……」

「嫌?」

「嫌ではない」

「じゃあまた来る」

「勝手に決めるな」

「来ない方がいい?」

「そうは言ってない」

「じゃあ決まり」

 カイルは何も言わなかった。

 けれど、断らなかった。

     *

 食べ終わったあと、二人は温室の奥を歩いた。

「これ何?」

「月白草」

「詳しい」

「札に書いてある」

「あ」

「……」

「今、馬鹿だと思った?」

「言ってない」

「顔」

「お前にだけは言われたくない」

「最近みんな顔に出る」

「お前が見るようになったんだろ」

 リリアが足を止める。

「私が?」

「ああ」

「前は見てなかった?」

「自分のことで精一杯だったんじゃないか」

「そうかな」

「知らん」

「言ったの先輩なのに」

「俺はお前じゃない」

「でも私のこと知ってる」

 言った瞬間。

 カイルの足が止まった。

 しまった、とリリアは思った。

 最近、過去のことを聞かないようにしていた。

 待つと決めたから。

「ごめん」

「なぜ謝る」

「聞かない方がいいかなって」

「……」

「でも時々気になる」

「当然だ」

「クロフォード先輩も、私のこと昔から知ってる?」

 カイルは答えなかった。

 リリアも急かさなかった。

 しばらくして、彼が口を開く。

「知っていた」

 リリアは目を見開いた。

「……言っていいの?」

「これくらいならな」

「どんな私?」

「それはまだ言えない」

「そっか」

「不満か」

「ちょっと」

「悪い」

「でも」

 リリアは少し考えた。

「昔の私と、今の私って似てる?」

 カイルの目が揺れた。

「似ているところはある」

「違うところも?」

「ああ」

「どっちが好き?」

 カイルが完全に止まった。

「……何?」

「昔の私と今の私」

「お前」

「気になる」

「簡単に聞くな」

「難しい?」

「ああ」

 いつもなら、そこで終わる。

 でも今日は。

 カイルは逃げなかった。

「昔のお前は」

 低い声。

「俺にとって、大切だった」

 胸が少しだけ痛んだ。

 理由は分からない。

「今は?」

「……」

「クロフォード先輩」

「今のお前も大切だ」

 迷いのない答えだった。

 リリアは瞬く。

「同じ?」

「違う」

「どう違う?」

「まだ分からない」

「先輩も分からないことあるんだ」

「ある」

「意外」

「俺を何だと思ってる」

「何でも知ってる怖い先輩」

「前半と後半が繋がってない」

「でも」

 リリアは少し笑った。

「今の私も大切ならいい」

 カイルの表情が変わる。

「それでいいのか」

「うん」

「過去が気にならないのか」

「気になる」

「なら」

「でも、昔の私に勝ちたいわけじゃない」

 カイルが黙った。

 リリア自身も、口にしてから少し考えた。

「だって、その人は私じゃないかもしれないでしょ?」

「……」

「同じ顔かもしれないし、似てるかもしれない。でも私は覚えてない」

 温室のガラス越しに、夕日が差し込む。

「だからクロフォード先輩が昔の私を大切だったとしても、それを取ろうとは思わない」

「リリア」

「その代わり」

 リリアはカイルを見る。

「今の私のことも、ちゃんと見て」

 カイルの瞳が揺れた。

 その言葉は。

 彼にとって、あまりにも残酷で。

 あまりにも優しかった。

「……見ている」

「本当に?」

「ああ」

「昔の私と間違えてない?」

「間違えてない」

 今度は、即答だった。

「お前はお前だ」

 リリアは少し笑った。

「ならいい」