魔法より、君に恋をする。

学院の西門を出て、五分ほど歩く。

 春季実戦祭が近いせいか、学院周辺の店には学生向けの飾りが増えていた。

 窓辺に小さな旗を並べている店。

 部隊戦の勝敗予想を書いた黒板。

 学生証提示で焼き菓子を一つ増やす店まである。

「お祭りみたい」

「実際、王都の人にとっても結構大きな行事だからね」

「見に来るの?」

「来るよ。三日目は一般観覧もある」

「知らなかった」

「リリアたち一年生、説明聞いてた?」

「聞いてた」

「本当に?」

「たぶん」

「寝てた?」

「寝てない」

「じゃあ何してたの」

「窓の外に鳥がいた」

「聞いてないじゃん」

 ノアが笑う。

「ちなみに今年の注目部隊、第十三部隊らしいよ」

「なんで?」

「分かってて聞いてる?」

「強いから?」

「それもあるけど、面子がすごい」

 ノアは指を折った。

「首席入学の規格外一年生」

「私」

「剣術科期待の新人で白銀の王子」

「セシル」

「第二王子」

「レオン先輩」

「二年の問題児兼戦闘馬鹿」

「アレン先輩」

「三年首席の怖い人」

「クロフォード先輩」

「そして学院一の美少年」

「誰?」

「僕」

「そこだけ変」

「ひどいなあ」

「ルシアン先輩は?」

「監督生だから戦闘要員じゃないけど、生徒会長が担当してるってだけで話題にはなるよ」

「じゃあ目立つ?」

「ものすごく」

 リリアは嫌そうな顔をした。

「今から棄権する?」

「しない」

「即答」

「勝ちたい」

「だよね」

 話しているうちに店へ着いた。

 小さな焼き菓子店だった。

 窓越しに赤い苺が並んでいる。

「ここ」

「美味しそう」

「でしょ?」

 店へ入る。

 春らしい甘い香りがした。

 ノアが狙っていたミルフィーユは、幸いまだ残っていた。

 二人分を買って、店の奥にある小さな席へ座る。

「いただきます」

「どうぞ」

 リリアは迷わずフォークを入れた。

 一口。

「……」

 ノアが待っている。

「美味しい」

「よかった」

「ノアも食べて」

「僕、今もう結構満足してる」

「食べてないのに?」

「君が嬉しそうだから」

「それでお腹いっぱいになるの?」

「比喩」

「なら食べて」

「はいはい」

 ノアも一口食べる。

「美味しいね」

「うん」

 しばらく二人で黙って食べた。

 昨日の約束。

 たったそれだけのことなのに。

 ちゃんと今日になった。

「ノア」

「ん?」

「約束守れたね」

 フォークが止まった。

「……そうだね」

「怖かった?」

「少し」

「今日が来るのが?」

「うん」

「来たよ」

「来たね」

 ノアが笑う。

「明日も来るかな」

「来るでしょ」

「今度は『たぶん』つけないんだ」

「明日は合同訓練あるから」

「理由が現実的すぎる」

「予定表に書いてある」

「それなら安心だ」

 冗談みたいに言う。

 でも、その声は本当に少し安心していた。

「じゃあ次の約束」

 リリアが言った。

「え?」

「また苺食べる?」

「……いいの?」

「嫌?」

「嫌なわけない」

「じゃあ実戦祭終わったら」

「二人で?」

「うん」

 ノアは数秒黙った。

「リリア」

「何?」

「僕、結構本気で君のこと好きだからね」

「知ってる」

「……知ってるんだ」

「前にも言ってた」

「そうだけど」

「友達としてじゃないやつでしょ?」

 ノアが固まった。

「え」

「違った?」

「いや」

 今度は珍しく、言葉に詰まる。

「合ってる」

「なら知ってる」

「いつから?」

「ちゃんと考えたのは最近」

「……そっか」

「でも」

 リリアは苺を一つ食べる。

「私、まだ返事できない」

「うん」

「ノアだけじゃなくて」

「分かってる」

「嫌?」

「嫌だよ」

 即答だった。

 リリアが瞬く。

 ノアは笑った。

「そりゃ、僕だけ見てくれたら嬉しい。でも」

 青い瞳がまっすぐこちらを見る。

「急がせて選ばれるより、君がちゃんと好きになって選んでくれる方がいい」

「……うん」

「だから今はこれでいい」

 ノアが自分のミルフィーユから苺を一つ取る。

 そしてリリアの皿へ置いた。

「あげる」

「いいの?」

「苺好きでしょ」

「好き」

「知ってる」

「ありがとう」

 リリアはもらった苺を食べた。

 甘かった。