魔法より、君に恋をする。

 同じ頃。

 学院北棟の使われていない小会議室には、四人の生徒が集まっていた。

「朝っぱらから呼び出しやがって」

 アレンが不機嫌そうに椅子へ座る。

「悪いね」

「しかもこいつらと」

「俺も同感だ」

 カイルが壁際に立ったまま答える。

「朝から仲がいいね、二人とも」

 窓辺にいたルシアンが笑った。

「どこがだよ」

「少なくとも会話は成立している」

「基準低すぎんだろ」

 ノアは三人を見た。

 いつもなら、ここで何か冗談を言う。

 けれど今日は言わなかった。

「昨日、リリアが聞いた声のことなんだけど」

 空気が変わる。

 アレンの表情から苛立ちが消えた。

「『見つけた』だったな」

「うん」

「心当たりがあるのか?」

 カイルに聞かれ、ノアは少しだけ迷った。

「ない」

「じゃあ何だよ」

「心当たりがないことが怖い」

 アレンが黙る。

 ルシアンも口を挟まなかった。

「僕ら、覚えてるでしょ」

 ノアの声は静かだった。

「全部じゃなくても、それぞれ違う形で。あの子が死んだことも、世界が終わったことも、何度も似たことが起きたことも」

 誰も否定しない。

「でも僕は、黒い羽を知らない。あんな声も知らない」

「俺もだ」

 カイルが答えた。

「俺も知らねえ」

 アレンも続く。

 三人の視線が、最後にルシアンへ向かう。

「僕にも記憶はないよ」

「本当?」

 ノアが聞いた。

「疑うね」

「先輩だから」

「理由になってないなあ」

「なるよ。僕らの中で一番隠し事が多い」

「否定できないのがつらいところだね」

 ルシアンは窓辺から離れた。

「ただ、今回に関しては本当だ。黒い羽にも、昨日リリアが聞いた声にも覚えはない」

「じゃあ」

 ノアが机の上で指を組む。

「今回初めて起きてることかもしれない」

「十三本目もな」

 アレンが言った。

 ルシアンが頷く。

「あれも僕の知る限り、これまでにはなかった」

 小さな会議室が静かになった。

 十二。

 十三。

 口にしなくても、全員がその数字の意味を知っている。

「……気に食わねえ」

 アレンが吐き捨てるように言った。

「何が?」

「また始まったみてえに話すのがだよ」

 拳が机の上で握られる。

「同じになるって決まったわけじゃねえだろ」

「うん」

 意外にも、ノアはすぐに頷いた。

「僕もそう思う」

「なら」

「だから話したかったんだ」

 アレンが眉を寄せる。

「今までなら、何か起きたらそれぞれ勝手に動いてたでしょ」

 ノアは笑わなかった。

「僕は僕でリリアを守ろうとする。アレン先輩はアレン先輩で何とかしようとする。カイル先輩もそう。ルシアン先輩は何か知ってても半分しか言わない」

「最後だけ悪意ない?」

「事実だよ」

「否定しづらいな」

「でしょ?」

 ノアは一度息を吐いた。

「それで、結局いつも間に合わなかった」

 誰も答えなかった。

 重い沈黙だった。

 けれど、ノアはそこで止まらなかった。

「だから今回は、やめよう」

 カイルが顔を上げる。

「何をだ」

「一人で何とかするの」

 昨日の戦闘で、リリアに言った言葉が自分へ返ってくる。

 誰かに任せてもいい。

 口にしてみれば簡単だった。

 実際にやるのは、ずっと難しい。

「何か見つけたら共有する。勝手に動かない。リリアに関係することを、自分一人の判断で隠さない」

 そこでノアはルシアンを見る。

「特に最後」

「僕を見るんだ」

「見るよ」

「分かった」

 思いのほか簡単に返ってきた。

 ノアが瞬く。

「いいの?」

「昨日、彼女にも約束したからね」

「……変わったね、先輩」

「君に言われたくないな」

 ルシアンが笑う。

「君だって、以前なら僕たちを呼び出したりしなかっただろう?」

「まあね」

「何があった」

 カイルが聞く。

「別に」

「フェルディナンド」

「昨日、リリアが楽しそうだったから」

 その答えに、アレンが怪訝そうな顔をする。

「それだけか?」

「それだけで十分だよ」

 ノアは椅子の背にもたれた。

「六人で戦うの楽しいって言ってた」

 あまりにも単純な言葉だった。

 けれど、その一言が胸に残っている。

「僕、あの子が誰かと一緒にいることを、ずっと怖いと思ってたのかもしれない」

「お前が?」

「僕が」

「散々周りに人集めてるくせに」

「それとこれは別」

「意味分かんねえ」

「僕にも最近分かったから」

 ノアは少し笑った。

「一人なら、失うのも一人で済むからね」

 今度こそ誰も茶化さなかった。

 カイルは目を伏せた。

 アレンは舌打ちだけして、窓の外を見る。

 ルシアンはしばらくノアを見ていた。

「それで」

 沈黙を破ったのはアレンだった。

「もう一個聞く」

「何?」

「なんであいつを呼んでねえ」

 誰を指しているのか、確認する必要はなかった。

「レオンハルト」

 ノアが名前を口にする。

「昨日の話をするなら、あいつも関係あるだろ」

「でも覚えてない」

「だからって外すのか?」

 ノアは答えなかった。

 代わりにカイルが口を開く。

「今の段階で過去の話まで聞かせる必要はない」

「過去を話せっつってんじゃねえ。黒い羽と声の話だ」

「それなら昨日聞いている」

「そうじゃなくて」

 アレンは苛立ったように髪を掻いた。

「俺らだけでこそこそ集まってんのが気に食わねえんだよ」

 ルシアンが少し意外そうに彼を見る。

「君からそういう言葉が出るとは思わなかった」

「うるせえ」

「でも、僕もアレンに賛成だ」

 ノアが言った。

「……なら何で呼ばなかった」

「今日は、僕らが同じ失敗を繰り返さないための話をしたかったから」

 ノアは三人を見る。

「これは、覚えてる僕らにしかできない話だった」

 そして少しだけ間を置く。

「でも次からは別。今の異常について話すなら、レオン先輩もセシルも外さない方がいいと思う」

「リリアもだ」

 カイルが言う。

「もちろん」

 ノアが頷く。

「本人を最後にするの、もうやめよう」

 その言葉に、ルシアンだけが少し苦い顔をした。

「耳が痛いな」

「いっぱい反省して」

「君もね」

「僕もするよ」

 四人の間に、初めて奇妙な合意ができた。

 仲が良くなったわけではない。

 同じものを望んでいるわけでもない。

 リリアへの感情さえ、四人とも少しずつ違う。

 それでも一つだけ。

 もう彼女の知らないところで、彼女の人生を決めない。

 その一点だけは、共有できた。