魔法より、君に恋をする。

生徒会室を出た時には、すでに外は薄暗くなり始めていた。

「寮まで送ろうか?」

 ルシアンも一緒に廊下へ出てくる。

「大丈夫です」

「本当に?」

「たぶん」

「それを大丈夫とは言わないんだよ」

「今日は道覚えました」

「生徒会室までの?」

「はい」

「女子寮は逆方向だけど」

「……」

 リリアは黙った。

 ルシアンが笑う。

「送るよ」

「お願いします」

「素直でよろしい」

 二人で歩き始める。

 三年生と一年生。

 深紅と白銀。

 時間が遅いこともあり、廊下を歩く生徒はほとんどいなかった。

「ノクス先輩」

「うん?」

「さっきの許可証、私だけですか?」

「今のところは」

「なんで?」

「君なら、あそこにある資料を読めると思ったから」

「それだけ?」

「それだけ」

「怪しい」

「まだ言う?」

「だって先輩、何か隠してるでしょう」

 ルシアンは歩きながら横目でリリアを見る。

「誰にでも秘密くらいあるよ」

「私に関係ある秘密?」

「……どうだろうね」

「あるんだ」

「誘導尋問が上手くなってきた」

「先輩相手に練習してるので」

「光栄だな」

 階段を降りる。

 途中、リリアが当然のように右へ曲がろうとすると、ルシアンが制服の襟を軽く掴んだ。

「そっちは男子寮」

「……」

「女子寮は左」

「今のは分かってました」

「そういうことにしておこうか」

 聞き覚えのある言い回しだった。

 リリアは振り返って睨む。

「その言い方、嫌いです」

「知ってる」

 返事が早すぎた。

 リリアが足を止める。

 ルシアンも止まった。

「……どうして?」

「何が?」

「どうして、私が嫌いな言い方を知ってるんですか?」

 沈黙が落ちた。

 今度こそ、誤魔化せない。

 そう思った。

 ルシアンは少し困ったように目を伏せる。

「今、君が嫌いだと言ったから」

「その前に『知ってる』って言いました」

「……」

「ノクス先輩」

 リリアは一歩近づいた。

 身長差のせいで、自然と見上げる形になる。

「私のこと、どこまで知ってるんですか?」

 ルシアンは答えない。

 近くで見る紫色の瞳には、いつもの余裕がなかった。

 初めてだった。

 この人にも、こんな顔ができるのだと思った。

「今はまだ、答えられない」

 やがて返ってきたのは、否定ではなかった。

 リリアの表情が変わる。

「それって――」

「ただ、一つだけ約束する」

 ルシアンの声は穏やかだった。

「君が知るべき時が来たら、僕は君に嘘をつかない」

「今は嘘ついてますよね?」

「……本当に容赦がないね、君は」

「誤魔化さないでください」

「そうだね」

 ルシアンは苦笑した。

「今は、いくつか嘘をついている」

 あっさり認められて、逆に言葉を失う。

「でも、君を傷つけるためじゃない」

「それも今は信じろって?」

「信じなくていいよ」

 意外な答えだった。

「僕の言うことを疑って、自分で考えて、自分で確かめればいい。君は昔から――」

 ルシアンが止まる。

 リリアは聞き逃さなかった。

「昔から?」

「……失言した」

「しましたね」

「忘れてくれる?」

「絶対に嫌です」

「だろうね」

 困ったように笑う。

 けれど、その表情にはどこか懐かしさが滲んでいた。

 リリアには、その理由が分からない。

「やっぱり先輩、私と会ったことありますよね?」

「それについては、まだ秘密」

「ずるい」

「先輩だからね」

「関係ないと思います」

 言い返すリリアを見て、ルシアンは今度こそ声を立てて笑った。

 その笑顔は、生徒会室で見せていた余裕のあるものとは少し違った。もっと自然で、もっと年相応に見える。

 それを見たリリアは、ほんの少しだけ驚いた。

 怪しい。

 嘘もついている。

 何かを隠していることまで自分で認めた。

 それなのに、不思議と嫌いにはなれなかった。

「ノクス先輩」

「何?」

「明日、資料室ですよね」

「そうだよ」

「忘れないでくださいね」

「忘れないよ」

 ルシアンは少し目を細めた。

「君との約束は、忘れない」

 また少しだけ引っかかる言い方だった。

 けれど今度は追及しなかった。

 どうせ聞いたところで、まだ教えてはくれないのだろう。

 だったら自分で見つければいい。

 リリアは昔から、分からないものを分からないままにしておくのが好きではなかった。

 ――少なくとも、自分ではそう思っている。