気が付けば朝になっていて、隣で父は冷たくなっていた。
自身の着ている服に乱れはなかった。ティナには傷一つつけなかったようだが、あの男は父を助けてくれなかったのだ。呆然と立ち上がって辺りを見渡せば、葡萄の木は無残に灰になり、母の遺体と、道端にはいたるところに屍と化した村人たちが点在していた。木造の家々は全焼し、火は消えていたが煙が立ち上って、焦げた臭いで充満している。燃えた家の中には、半分焼け残った家具や調理器具、食器などが散乱し、凄惨さを物語っていた。
村は一夜にして灰燼に帰し、生き残った者はティナ一人だけだった。無残に胴体から切り離された母の頭を抱きしめ、涙を流して亡くなった父に決然と告げる。
「仇は私が討つ」
村人一人一人をすべて一人で埋葬し、巨漢でティナ一人では動かせない父には毛布を掛けた。
そして父の腰に差してある一振りの剣を抜き取った。柄にはレビネア領主の家紋である鹿が彫ってある。鞘を抜くと、母が毎日丁寧に梳かしてくれていた長く豊かな髪を、ティナという名と共にバッサリと切り捨てた。
そこへ訪れたのが、セルフォードの西の隣国ルクフェルマ王国の王太子ローレンだった。
太陽が燦燦と照らす髪は金色に輝き、憐憫に満ちた双眸は新緑色だ。整った顔立ちは秀麗で、一国の王太子に相応しく上品だった。十数人の護衛を引き連れて、廃墟と化した村にただ一人動いている彼女の元にやってきた。
「惨いな。君、生き残りかい?」
「はい。アレクと申します。昨夜、白髪の男に襲われたのです」
「白髪?」
ローレンはアレクと名乗った彼女に、レビネアを訪れた経緯を話し出した。
彼はセルフォードの聖都にある皇城ルミナスに赴いていた。ルミナスでは年に一回、近隣諸国の代表が一堂に会する定例会議が開催される予定になっていたらしい。ところが着いたルミナス城は騒然としており、会議どころではなかった。城門の衛兵に訊ねたところ、前日の夜に王宮で長年囚われていた大罪を犯した囚人が脱走したという。
その際、多大な犠牲を伴い皇太后も殺されたらしい。囚人が逃走する際に殺害した兵の数は千を超えたという。髪が白いことから、『白の狂犬』と渾名されて城内及び都中を震撼させた。
「生き残った目撃者から、『白の狂犬』が逃げたのは、西だと情報があったんだよ。その情報をもとに我々が辿り着いたのがここなんだ」
「『白の狂犬』?」
アレクは昨夜の出来事を包み隠さずローレンに話した。
「恐らく、このレビネアを襲ったのも『白の狂犬』だろう」
「仇を討ちたいんです。どうか私を騎士にしては頂けませんか?」
「残念だけど、この国でもルクフェルマでも、婦人は騎士にはなれないんだよ」
「存じ上げております。ですから、男になる覚悟で髪を切り、名も捨てました。どうか騎士にして下さい。お願いします」
涙を流しながら必死で嘆願した。
「殿下、無理ですよ。女に騎士が務まるほど生易しくはありません」
ローレンが逡巡していると、控えていた護衛が口を出し、他の騎士も頷いている。
「それはこの子と僕次第だ。確かに女であることを隠して騎士になる道は険しい。耐えられる覚悟はあるかい?」
護衛を黙らせ、次いでアレクに問う。
「あります。どれほど厳しくとも必ず耐えて騎士になりますっ」
真剣な眼差しをローレンの緑玉が受け止める。
「君の硬い意志は良くわかったよ」
真顔で了承すると、剣すら持ったことのないアレクをローレンは自分の傍に置いてくれた。
帰国すると、側近の護衛隊員らに、アレクが女であることを口外しないように厳命しつつも明かした。同じ宿舎で寝泊まりさせるためだった。
アレクは二年間、ローレンの侍従として騎士道と武芸を学び、その後騎士養成所へと入所した。ルクフェルマ王国では、正式に騎士になるには養成所で訓練を受け、国王から叙任を受けなければならなかった。アレクは常人が五年かかるところを僅か二年で習得した。
他の隊員らは、小柄でしかも女であるアレクが騎士になるなどあり得ない。無理難題と決めつけて蔑み、冷ややかな目で見る者や、疎んじる者さえいた。だが、アレクが歯を食いしばって辛い訓練に必死で食らいつき、強くなるにつれ、それらは日に日に消えていった。その実力を認めざるを得なくなるほどに成長した。
全ては復讐の為だ。そして武術と功績が国王に認められ、晴れて王太子ローレンの側近である護衛隊員の末席に名を連ねることになった。
ルクフェルマのローレンの元に来て五年、アレクは見違えるように強くなった。だが、肝心の『白の狂犬』の居所はようとして掴めなかった。噂さえ流れてこない。野垂れ死んだのではないかと噂されるほど消息がつかめなかった。
自身の着ている服に乱れはなかった。ティナには傷一つつけなかったようだが、あの男は父を助けてくれなかったのだ。呆然と立ち上がって辺りを見渡せば、葡萄の木は無残に灰になり、母の遺体と、道端にはいたるところに屍と化した村人たちが点在していた。木造の家々は全焼し、火は消えていたが煙が立ち上って、焦げた臭いで充満している。燃えた家の中には、半分焼け残った家具や調理器具、食器などが散乱し、凄惨さを物語っていた。
村は一夜にして灰燼に帰し、生き残った者はティナ一人だけだった。無残に胴体から切り離された母の頭を抱きしめ、涙を流して亡くなった父に決然と告げる。
「仇は私が討つ」
村人一人一人をすべて一人で埋葬し、巨漢でティナ一人では動かせない父には毛布を掛けた。
そして父の腰に差してある一振りの剣を抜き取った。柄にはレビネア領主の家紋である鹿が彫ってある。鞘を抜くと、母が毎日丁寧に梳かしてくれていた長く豊かな髪を、ティナという名と共にバッサリと切り捨てた。
そこへ訪れたのが、セルフォードの西の隣国ルクフェルマ王国の王太子ローレンだった。
太陽が燦燦と照らす髪は金色に輝き、憐憫に満ちた双眸は新緑色だ。整った顔立ちは秀麗で、一国の王太子に相応しく上品だった。十数人の護衛を引き連れて、廃墟と化した村にただ一人動いている彼女の元にやってきた。
「惨いな。君、生き残りかい?」
「はい。アレクと申します。昨夜、白髪の男に襲われたのです」
「白髪?」
ローレンはアレクと名乗った彼女に、レビネアを訪れた経緯を話し出した。
彼はセルフォードの聖都にある皇城ルミナスに赴いていた。ルミナスでは年に一回、近隣諸国の代表が一堂に会する定例会議が開催される予定になっていたらしい。ところが着いたルミナス城は騒然としており、会議どころではなかった。城門の衛兵に訊ねたところ、前日の夜に王宮で長年囚われていた大罪を犯した囚人が脱走したという。
その際、多大な犠牲を伴い皇太后も殺されたらしい。囚人が逃走する際に殺害した兵の数は千を超えたという。髪が白いことから、『白の狂犬』と渾名されて城内及び都中を震撼させた。
「生き残った目撃者から、『白の狂犬』が逃げたのは、西だと情報があったんだよ。その情報をもとに我々が辿り着いたのがここなんだ」
「『白の狂犬』?」
アレクは昨夜の出来事を包み隠さずローレンに話した。
「恐らく、このレビネアを襲ったのも『白の狂犬』だろう」
「仇を討ちたいんです。どうか私を騎士にしては頂けませんか?」
「残念だけど、この国でもルクフェルマでも、婦人は騎士にはなれないんだよ」
「存じ上げております。ですから、男になる覚悟で髪を切り、名も捨てました。どうか騎士にして下さい。お願いします」
涙を流しながら必死で嘆願した。
「殿下、無理ですよ。女に騎士が務まるほど生易しくはありません」
ローレンが逡巡していると、控えていた護衛が口を出し、他の騎士も頷いている。
「それはこの子と僕次第だ。確かに女であることを隠して騎士になる道は険しい。耐えられる覚悟はあるかい?」
護衛を黙らせ、次いでアレクに問う。
「あります。どれほど厳しくとも必ず耐えて騎士になりますっ」
真剣な眼差しをローレンの緑玉が受け止める。
「君の硬い意志は良くわかったよ」
真顔で了承すると、剣すら持ったことのないアレクをローレンは自分の傍に置いてくれた。
帰国すると、側近の護衛隊員らに、アレクが女であることを口外しないように厳命しつつも明かした。同じ宿舎で寝泊まりさせるためだった。
アレクは二年間、ローレンの侍従として騎士道と武芸を学び、その後騎士養成所へと入所した。ルクフェルマ王国では、正式に騎士になるには養成所で訓練を受け、国王から叙任を受けなければならなかった。アレクは常人が五年かかるところを僅か二年で習得した。
他の隊員らは、小柄でしかも女であるアレクが騎士になるなどあり得ない。無理難題と決めつけて蔑み、冷ややかな目で見る者や、疎んじる者さえいた。だが、アレクが歯を食いしばって辛い訓練に必死で食らいつき、強くなるにつれ、それらは日に日に消えていった。その実力を認めざるを得なくなるほどに成長した。
全ては復讐の為だ。そして武術と功績が国王に認められ、晴れて王太子ローレンの側近である護衛隊員の末席に名を連ねることになった。
ルクフェルマのローレンの元に来て五年、アレクは見違えるように強くなった。だが、肝心の『白の狂犬』の居所はようとして掴めなかった。噂さえ流れてこない。野垂れ死んだのではないかと噂されるほど消息がつかめなかった。

