青薔薇皇帝陛下の夜伽係は蕩けさせられる

 忘れもしない五年前のことだ。
 アレクが、まだティナと呼ばれていたただの夢見がちな少女に過ぎなかった頃。セルフォード帝国の聖都から西にあるレビネアという地で、領主夫妻の娘として過ごしていたある日の夜のこと。
 眠っていた彼女は不意に目を覚ました。
 どこからともなく煙の臭いがして窓を開けると、村の家々や葡萄畑が赤々と燃え盛っていた。

「ど、どうして、……こんなっ」

 ハッとして父母の事が気になり部屋から飛び出た。

「父さんっ!、母さんっ、どこっ?」
 
 部屋を見て回ったがどこにもいない。外へ出た途端、父の声が飛んできた。

「ティナっ、早く……逃げなさいっ」

 そう叫んだ父の巨躯の背中が少し離れたところに見えた。つい数年前までセルフォード帝国軍の部隊長を務めるほど剛腕だった父が、大剣を杖代わりに地に突き立てて屈んでいた。その向こうは葡萄畑になっており、燃え盛った炎の明りで父の背は陰になり状態が分からない。だが、逼迫した声は、父が動けないほど負傷しているように思えた。その父クルスのすぐ隣には、枝のようにひょろひょろと細く長身の何者かが立っていた。その手には長剣が握られている。

「死は万民に与えられる。早いか遅いかの違いだ」

 揺れる長い白髪の毛は鳥の巣のように絡まって乱れ、腰辺りまで伸びてその顔を隠していた。髪の隙間から光る片方の目だけが見えた。瞳の色までは逆光で判別できない。声は低い男のものだった。

「やめてっ、殺さないでっ!」
「よせっ、……逃げろっ」
「父さんを置いて逃げるなんて……ひっ」

 一歩踏み出そうとして、足に当たたものを見下すと、そこには胴体を失い目が見開かれた母の顔があった。

「うぐっ」

 うめき声は父のもの。慌てて顔を上げると、枝のように細身の鳥の巣頭がクルスの懐に入っていた。そして父の背中からは、細い鉄の切っ先が生えていた。

「キミ、可愛いね。僕のお嫁さんになってよ」
「なるわっ、なるからもうやめてっ」

 必死で叫んだ。彼女は自分の事よりも父の事が大事だった。泣きじゃくりながら父に駆け寄る間に、剣を抜きながらクルスの懐から男が出てきた。ドサリと地に巨躯が倒れる。

「もうしないよ。だから、こっちへおいで」

 クルスの血を大量に浴びた男は、剣を捨てて手招きする。
 倒れた父が気になったが、彼女は恐怖しながら男に近づいた。
 男から血なまぐさい匂いがする。堪えていると不意に唇を奪われる。彼女はそれだけでおぞましく、耐えきれなくなって、気を失った。