君のいない明日を、今日。

教室に戻ってからも、私は何度も後ろを振り返りそうになった。

見なくても分かる。

きっと、こうきがいる。

でも、見ない。

今は、見ちゃいけない気がした。

一時間目が終わった頃、机の中からスマホを取り出す。

何気なく写真を眺めていると、そこにはこうきと私が写っていた。

二人で変な顔をして笑っている。

なんてことのない写真。

なのに。

「……」

急に、目頭が熱くなった。

慌てて画面を閉じる。

どうしてだろう。

こんなに好きなのに。

こんなに大切なのに。

私は――この人から離れなきゃいけない。

「愛ー」

後ろから声がして、肩が跳ねた。

「なに?」

「放課後、一緒に帰ろ」

「……うん」

考えるより先に、返事をしていた。

「じゃあ、校門で待ってる」

「分かった」

こうきが笑う。

その笑顔を見ていると、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。

私は目を逸らした。

昼休み。

りほとお弁当を食べていると、こうきが私の机の横にやってきた。

「愛、卵焼き一個ちょうだい」

「やだ」

「えー、ケチ」

「自分のお弁当食べれば?」

「愛のがうまそうなんだもん」

「知らない」

そう言いながらも、私は卵焼きを一つ取って、こうきのお弁当箱に入れた。

「やった」

嬉しそうに笑うこうき。

「……単純」

「愛が優しいだけでしょ」

「はいはい」

いつも通り。

何も変わらない。

それなのに、私はその「いつも通り」が怖かった。

「そういえばさ」

こうきが箸を動かしながら言った。

「卒業したら、どっか行こうよ」

「……」

箸が止まる。

「愛?」

「……どこに?」

「んー、北海道とか?」

「……北海道」

「うん。海鮮食べたい」

「ふふ」

思わず笑った。

「なんで北海道なの」

「なんとなく」

「ふーん」

笑いながらも、胸の奥が痛かった。

卒業したら。

来年になったら。

その先もずっと。

そんなふうに続いていく未来を、こうきは当たり前みたいに話す。

私は何も言えなかった。

放課後。

校門に着くと、こうきが壁にもたれて待っていた。

「お、来た」

「……待った?」

「全然」

いつものように並んで歩く。

くだらない話をして。

笑って。

いつもの道を帰る。

でも、私は今日、この「いつも」を終わらせなければならない。

神社の前まで来たところで、私は足を止めた。

「……こうき」

「ん?」

「話がある」

こうきが振り返る。

「なに?」

私はぎゅっと手を握った。

何度も頭の中で繰り返した言葉。

それなのに、口に出そうとすると喉が震える。

「私たち……別れよう」

「……え?」

こうきの笑顔が消えた。

「なんで?」

「……好きな人ができた」

嘘だった。

そんな人、いない。

私が好きなのは、目の前にいる人だけ。

「……誰?」

「言いたくない」

「愛」

「ごめん」

「俺のこと、もう好きじゃないの?」

胸が痛い。

今にも泣きそうになる。

それでも、首を横に振った。

「……好きじゃない」

嘘。

「だから、別れて」

「……本当に?」

「うん」

「そいつのことが好きだから?」

「……うん」

自分の声が、ひどく遠く聞こえた。喉の奥がキューとなって痛かった。

「だから、もう私のこと待たないで」

「いやだ...」

そう言ってこうきが俯く。

その声を聞いた瞬間、心臓が握り潰されたみたいに痛くなった。

本当は違う。

本当は、誰よりも好き。

ずっと一緒にいたい。

でも、それは言えない。

「じゃあ……元気で」

それだけ言って、私は逃げるように走った。

「愛」

後ろから呼ばれた。

足が止まりそうになる。

でも、振り返らなかった。

振り返ったら、全部嘘だって言ってしまうから。

その夜。

ベッドの中で、スマホに残った写真を眺めていた。

消そうと思った。

何度も指を動かそうとした。

でも、できなかった。

画面の中のこうきは、何も知らない顔で笑っている。

「……ごめんね」

小さく呟く。

涙が一粒、頬を伝った。

「こうき、大好きだよ」

誰にも届かない声で、画面のこうきにそう呟いた。