制御不能な恋

『マゼアオ』の結成記念ライブ当日。会場である日本武道館の周辺は、数万人のファンの熱気と色とりどりのペンライトで埋め尽くされていた。その喧騒を少し離れた、一般人は立ち入れない関係者口。「佐々木さん、こっちです」スタッフのフリをしたサブリーダーのハクが、彩夏を裏通路へと導いてくれた。メンバー総出で練り上げた『楽屋招待作戦』が、ついに決行されたのだ。胸に「GUEST」のパスを貼り、緊張で震える足を進める。すれ違うスタッフたちが一様に慌ただしく動く中、ハクが「ここです」と一枚の重いドアを開けた。そこは、きらびやかな衣装に身を包んだ5人が出番を待つ、特別な楽屋だった。「あ! 彩夏さん、本当に来た! 間に合ってよかったー!」真っ先に気づいたレンが、きらきらした笑顔で駆け寄ってくる。ナオも「ハクくん、グッジョブ。マネージャーは今、上の階の挨拶回りで15分は戻ってこないから大丈夫だよ」と、茶目っ気たっぷりにウインクした。衣装にメイク、髪型まで完璧に整えられた5人は、テレビで見るよりも何倍も輝いていて、圧倒的なオーラを放っている。彩夏がその美しさに気後れして一歩下がろうとした、その時だった。「……彩夏」部屋の奥から、衣装のジャケットを羽織りながら颯太が歩み寄ってきた。黒と銀を基調とした、まるで本物の王子様のような重厚なステージ衣装。だけど、彩夏を見つめるその瞳だけは、あの狭いワンルームで甘えていた時の、ただの「男の子」の颯太だった。颯太は周りのメンバーの目も気にせず、彩夏の手をぎゅっと握りしめた。「来てくれて嬉しい。……本当は、客席に呼びたかったんだけど。今回はカモフラージュのために、関係者用の暗いブースから見てもらう形になっちゃって、ごめん」「ううん、とんでもない! 招待してもらえるだけで夢みたい。……颯太くん、すごく格好いい。本物のアイドルなんだね」彩夏が気恥ずかしさに頬を染めて見上げると、颯太はふっと照れくさそうに笑い、そのまま彩夏の手を引き寄せて、おでことおでこをこっそり合わせた。「本物のアイドルにしてくれたのは、彩夏だよ。君がいてくれるから、俺は今日もステージで最強になれる」至近距離で交わされる熱い視線に、彩夏の心臓は爆発しそうだった。「おーい、二人とも! イチャイチャしてるところ悪いけど、そろそろ影ナレ(開演前のアナウンス)が入るから、ステージ裏に移動するよ!」リーダーのレオが時計を見ながら、優しく、だけど緊張感を持った声で告げた。「……行ってくる」颯太は彩夏の髪にそっと触れ、名残惜しそうに手を離した。そして、メンバーの方へ振り返った瞬間、彼の表情は一瞬で「 マゼアオの絶対的センター・青野颯太」の顔へと切り替わった。「よし、お前ら。今日のライブ、今までで一番最高のステージにしようぜ。……大切な人に、俺たちの本気を見せるぞ」颯太の言葉に、メンバー4人が「おう!」と力強く応じる。5人が円陣を組み、気合いを入れ直す姿を、彩夏は胸が締め付けられるような愛おしさで見つめていた。ハクの手引きで、ステージの彩夏が見える関係者ブースへと案内された直後、会場の電気が一斉に消えた。地鳴りのような大歓声。数万人のファンが叫ぶ声が、建物を揺らす。暗転したステージのセンターに、颯太が立つ。イントロが始まった瞬間、彼は客席のファンを熱狂させるパフォーマンスを始めながら、ほんの一瞬だけ、彩夏のいる関係者ブースの暗闇に向かって、指先で小さく「2回」トントンと胸を叩くサインを送った。それは、作戦会議の時に颯太が言っていた、『俺から彩夏への、誰にもバレない愛の合図』だった。悲鳴のような歓声の渦の中で、彩夏は自分の心臓の音が一番大きく響くのを感じていた。画面の向こう側だったはずの彼は、今、数万人の前で、自分だけのために歌ってくれている。この制御不能な恋は、もう二度と引き返せないところまで深く、熱く、加速していた――。