制御不能な恋

翌週の夕方、事態は最悪の形で動き出した。「彩夏、早く。それ、美味しそう」彩夏の狭いキッチンで、颯太が後ろから首筋に鼻を寄せてくる。大きめのパーカーを借りて、すっかりリラックスした彼は、テレビの中の冷徹な姿が嘘のように甘えていた。その時、スマホが激しく震えた。画面には『マゼアオのマネージャー・高城』の文字。颯太のスマホではなく、なぜか彩夏のスマホの画面に、だ。「え……なんで?」「あー、ごめん。君の番号、俺の端末から勝手に登録しといた。俺の電源切ってあるから、あいつら、俺が最後にGPS消した執着地点の周辺に片っ端から連絡してるんだと思う」颯太は悪びれもせず、彩夏のスマホを奪い取って通話ボタンを押した。『もしもし! 青野颯太のマネージャーの高城です。恐れ入りますが、そちらの周辺で怪しい男を見かけませんでしたか!? 本人の目撃情報がそのアパートの近くで途絶えていて……今、警察とスタッフでそちらに向かっています!』受話器から漏れる焦燥しきった声に、彩夏の血の気が引いた。「今、向かってます」?ピンポーン。心臓が跳ね上がるのと同時に、部屋のインターホンが鋭く鳴り響いた。「嘘……」彩夏は息を呑み、ドアの覗き穴へと駆け寄る。そこには、黒いスーツを着た体格のいい男たち――事務所のスタッフが二人、厳しい表情で立っていた。さらに廊下の奥からは、カシャカシャとカメラのシャッターを切るような不穏な音まで聞こえてくる。パパラッチだ。「どうしよう、颯太くん! 本当に来た、見つかったら終わりだよ……!」パニックになる彩夏の肩を、颯太が背後から強く抱きすくめた。驚くほど冷静な、だけど狂気を孕んだ熱い体温。「落ち着いて。居留守は通用しない。あいつら、確信犯だ」「じゃあ、どうするの!?」「ドアを開けて。……俺を、隠して」颯太は彩夏の耳元で囁くと、部屋のクローゼットへと素早く身を隠した。衣服の隙間に身を潜め、完全に気配を消す。彩夏は震える手で鍵を開け、チェーンをかけたままドアを数センチだけ開けた。「はい……どなたですか?」「夜分に恐れ入ります。青野の所属事務所の者です。この付近で彼を見かけませんでしたか? あるいは、部屋に匿っていませんか?」マネージャーの目が、ドアの隙間から部屋の奥を鋭く値踏みするように動く。その視線が、玄関に脱ぎ捨てられた男物の大きなスニーカーにピタリと止まった。「……お一人暮らしですよね? その靴は?」心臓が破裂しそうだった。言い訳が浮かばない。その時、クローゼットの中から、カサリと小さな衣擦れの音が響いた。マネージャーの眉がピクリと跳ねる。「……失礼、中を確認させてもらっても?」男たちがドアに手をかけ、無理やりこじ開けようとしたその瞬間――。