その青を描く ③

 柚月の愚痴は最初のうちは本当にそうだった。世間一般で聞くような問題だったけど、時が過ぎるごとに、口にしなくなった。俺も気づいていたけど、身内じゃないから立ち入れなくて歯痒かった。それに加え、大きな出来事が起きて、俺は上司を頼って片付けたあと、柚月はようやく今の住所に落ち着いた。

 俺もその間に経営のことを上司から学んで、キャストのシフトや従業員の配置を考えさせられるようになった。店の資金繰りの目処はまだ立たないけど、結構充実していた。
 気づけば、あっという間に時が過ぎていて、携帯もろくに見れなかった。柚月から連絡が来てるのは気づいてたけど、新人が入ったこともあって、割と忙しくて後回しにしていた。

 朝になって、少しの隙間を見つけ、連絡をしたら、いきなり文句を言われた。こういうときだけは口が早いけど、俺が聞いたらすぐ黙り込む。何か事情があったなと踏んで、茶化して遊んでいたら、店で働くのはあっさり断られた。

そこで俺が理由を尋ねたら、ついに「会社が倒産した」と呟いた。「マジかよ……」と吐き出した。あんなに頑張ってたのに、結果最悪じゃねぇかと少し腹が立った。そしたら、雑用でもいいとか言うから、そんなことさせられるかと思って、しばらく考えた。

 煙草を取り出そうと、ポケットの中を探ったら、自分の名刺が出てきた。そう言えばと思い出して、口を開いた。

「それより紹介したい仕事がある」

 まだ詳細は知らないけど、あとで名刺を見てから送ればいいと思った。けど、怪しまれたみたいで、俺は「変な仕事じゃねぇよ」と確信もないのに言って、「てか、世の中に変な仕事とかねぇし」と思い直して言った。

 柚月は食い下がったけど、そのときはキャストを待たせていたから、あとで連絡を入れると言って、しっかり伝えてから電話を切った。

 それから、キャストを送る前に、更衣室へ向かって、ロッカーを開けた。ドアに付けられた小さな鏡に、あの日貰った名刺を差したままだった。ポケットに突っ込んで、車へ向かい、キャストを全員送り届けたあとで、コンビニに車を停め、名刺を眺めた。

 住所もあるし、ここから行くことも可能だ。電話番号も載ってるから、掛けることもできる。けど、どちらを選んでも、あの男からまともな回答が出るとは思えなかった。
 そこで、改めて名前を見てみた。

『佐伯龍騎』その名前を頭の中で復唱するうちに、昔の記憶が引っかかった。そう言えば、昔柚月が好きな作曲家がいたなと思い出して、最近は推しを追いかけてるらしいし、『これ、チャンスじゃね?』と思って、すぐに携帯を取り出した。

 我ながら傑作ができたと満足した。けど、よく考えたら時が経ちすぎていたから、少しばつが悪かった。まぁ、仮にそうだとしても、一言くらい伝えにくるだろうと思って、気楽に構えて、家へ帰った。