その青を描く ③

「今日はナンバーワンのキャストがおります、お付けしてもよろしいでしょうか」

 俺がそう言うと、男は少し視線を上げて、軽く首を振って応えた。そしてすぐに「ウィスキーをロックで……」と言って、足を組んでから、膝の上に肘をついて、頬杖をついた。

「かしこまりました。すぐにご用意致します」そう言いながら席を離れて、ボトルを手にし、席へ戻った。

 テーブルの上からグラスを取って、氷と水を入れてから少し置く。そして、それを捨てたら、大きめの氷を入れて、規定量のウィスキーを注ぐ。そこで軽く混ぜてから、客の手元に近い場所へ置いた。

 そしたら、男が入れ替わるように、テーブルの上へ名刺を置いた。

「もう、辞めたかと思ってた」

 男の低い声に名刺から視線を上げると、徐々に昔の面影がそこかしこに見えてきた。口髭や顎髭を蓄えていたけど、眉を寄せる癖は無論、何より煙草の銘柄や吸う姿で、はっきりと思い出した。でも、そこで敢えて名前は口にせず、名刺もろくに見ないまま、そっと手先で返した。

「元気にやっております。お気遣い感謝致します」

「そうか。なら、いい」そう言って、男は酒を一気に呷った。

「では、失礼致します」と俺が言うと、すぐに男は「ただ……」と被せ気味に言ってきて、俺が目を向けると「仕事に困ってる人がいたら、うちを紹介していい」と言った。
 そこで、名刺を見たら、個人名と住所が記載されていた。どこで聞いた名前だったか、思い出そうとしたところで、男の声が聞こえた。

「釣りは要らない」

 颯爽と帰っていく後ろ姿を見送って、テーブルの上に置かれた札を手にした。どこで見たのか、それとも誰から聞いたのか、さっぱり思い出せなかった。
 
 仕事が終わって、柚月のところに行くには早すぎるから、少しハンバーガー屋で時間を潰した。地下鉄構内に併設された店舗はほとんど閉まってたけど、九時を過ぎた頃に、近くのCDショップのシャッターが上がった。何となく見てる間に、そう言えば昔、柚月が欲しがってたCDがあったなと思い出した。ついでに寄っていくかと腰を上げて、ハンバーガー屋を後にした。

 しかし、店舗に着いたら、肝心の名前が思い出せなかった。柚月に連絡して聞いてもいいけど、あいつのことだから、どうせ「大丈夫」と言うに決まってる。そろそろ起きてる頃だろうし、愚痴を聞くついでに近辺も見て回ろうと思って、地下鉄に乗り込んだ。