銀杏並木の毒舌な隣人③ (年下の彼氏編)

 人もまばらな空間には、心地よい静寂が満ちていた。薄暗く神秘的な展示室で、麻美子は昨日からネットや解説本で熱心に予習してきた知識を、さも当然のように披露してみせる。

「この画家はね、晩年に光の捉え方が変わって、彼独自の色彩感覚を確立させたのよ」

「へえ、そうなんですね! 麻美子さん、本当に物知りだなあ」

 小声で「かっこいい」と付け足されると、尊敬に満ちた蓮の表情に、麻美子は心の中で小さく満足の笑みを浮かべた。

 素直に目を輝かせる。その反応に満足しつつも、麻美子の胸の奥には、どこか乾いた風が吹き抜けていた。

 彼がひとつの絵画に夢中になり、数歩離れた、その時だった。

 麻美子が油断し一人で眺めていた、『ルノワールの、イレーヌ・カーン・ダンヴェルス嬢』が、その額縁の奥から、冷ややかな笑みを浮かべ始めた。

『相変わらず、必死に「お姉さん」の座を死守しているのね、麻美子』

 麻美子はハッとして彼女を見つめた。

 彼女は、クスクスと口元に手を当て、いじわるそうに目を細めている。