病室に着いた陽葵を出迎えたのは、ベッドに横たわるお母さんの姿だった。身体中を無数の管に繋がれ、心電図のモニターが一定の速度で無機質な音を刻んでいる。
「お母さん」
枕元に呼びかけても、胸元が呼吸に合わせて上下するだけ。
白衣を着た中年の男性が入って来たのは、それから間もなくのことだった。主治医だというその人は、お母さんは脳梗塞により倒れたのだと説明した。すでに緊急の処置はすべて終え、今は経過を見ている段階らしい。怪我は転倒したときに足首をひねったくらいで軽傷だが、意識が戻っても、しばらくは記憶障害や片麻痺などの後遺症が残る可能性が否定できないという。どんな治療を施したのか説明されたけど、専門用語ばかりで、話の半分も理解できなかった。
途方に暮れる陽葵を気遣って、年配のふくよかな看護師がそっと背中を撫でてくれた。
「とにかく今は、目を覚ますのを待ちましょう」
ベッド脇に椅子を用意して、「お母さんが起きたらナースコールで知らせてね」と言い残し、主治医とともに病室を出て行った。
陽葵は椅子に腰掛け、お母さんの顔を見下ろした。寝顔を見るのなんて、いつぶりだろう。酸素マスクの表面が呼吸に合わせて白く曇っては消え、曇っては消える。
――まだ、生きてる。
不意に心で呟いた言葉に、自分自身でぞっとして、
――いや、生きてる。
と、慌てて思考を訂正する。
「お母さん」
もう一度呼んでみたが、やはり返事はない。
縋るものがない陽葵は、自分の右手を必死に握り締めた。薬指には3年前からずっとはめたままのシルバーリングがある。傷だらけのその表面を、指先でそっとなぞる。ひんやりとした金属の冷たさが、指先から心臓へ伝わってくる。
「お母さん」
呼びかける。お母さんは起きない。
「恭介くん」
指輪の傷を撫でる。恭介は、いない。
