茜と菫の境界線で、夢を見る。


 3年前の夏。その日は友達とドライブに行くのだと、恭介から事前に知らされていた。


「ドライブって、どこに行くの?」

 時間に追われながら支度をする背中に、陽葵はわざと話しかけた。恭介はスマホの充電を確認しながら、「陽葵、そこの財布取って」と言う。テーブルの上の財布をひょいっと放ると、物を投げちゃいけません、と叱られた。


「ねぇ、どこに行くの?」

「海に行こうかって話してる」

「海ってどこの?」

 しつこい陽葵を、恭介は「付いてくるつもり?」とじとりと見つめる。


「そうじゃないけど……」

「えーっと、車のキーは……、」

「浮かれてるね」

「そう?」

「うん。にやにやしてる」

「に、にやにや?」

 恭介は恥ずかしそうに両手で自分の顔を触る。


「彼女?」

「あれ~どこだっけ……陽葵、知らない?」

「彼女とドライブ行くの?」

「違うよ」

「じゃぁ誰と行くの?」

「友達」

「友達って誰?」

 そのとき、恭介のスマホからアラームが鳴り出した。ヤバッ、時間だ。失くしものを見つけられない恭介がいよいよ焦り出す。仕方ないなぁ、と陽葵は小さく首を横に振った。


「車のキー、玄関のとこ」

「あ、そうだ、忘れないように置いといたんだ……って、知ってたなら言ってよ!」

 ぷんぷん怒る恭介の背中を、ハイハイと押して玄関へ促す。


「いってらっしゃい。気を付けてね」

 手を振り、恭介を見送る。


「いってきます」

 恭介はいつになくうきうきとした笑顔で出かけ、そして、帰ってくることはなかった。

 『いってきます』という言葉には、『行って、無事に帰って来ます』という意味が込められていると、幼い頃に恭介から教わった。『いってきます』と『いってらっしゃい』は旅の無事を願い、再び会うための約束なのだと。

 あの日、陽葵は「無事に行ってきてね」と思いを込めて「いってらっしゃい」と言った。恭介はどうだったろう。「無事に行き、無事に帰ってくる」と思いを込めて言っていたとしたら、その約束は守られなかったことになる。

 恭介が陽葵との約束を破ったのは、あれが2回目のことだった。