白山家の跡取り元貴は、四歳になり幼稚園の年中に、有栖子は二歳になる。
三歳になったら、幼稚園に行かせる予定だ。
充葉、元貴、有栖子は、二歳ずつ離れてる兄弟妹だった。
私は兄の銀太郎とは四歳、弟の遼河とは三歳離れていた。
伊吹さんは父親の汐里さんが先妻と離婚して、後妻である実母の仁菜さんと再婚して、生まれた息子……。
腹違いの兄、大湖さんとは七歳差と、……歳が離れてた。
……伊吹さん、再婚するのかな。
私以外の相手と結婚して、また子供を作る?
私の時のように、お見合いする?
それとも、本当に愛してる人と結婚して、幸せな家庭を築く?
そんな考えが頭をよぎった。
私の母は、天堂林業の創業者一族のお嬢様で、父も母もお見合い結婚だった。
専業主婦の母は父に尽くして、甲斐甲斐しく世話を焼いた。
長男で嫡男の兄は、習い事を複数やってた。
水泳、ピアノ、英会話、学習塾、体操など。
私は絵画教室だけ。
弟の遼河は、水泳とピアノ。
兄と遼河と、一緒にお風呂に入ったり、庭のプールで一緒に遊んだり、兄弟とは仲が良かった。
兄とは私が中学生になるまで、一緒にお風呂に入ってた。
遼河が中学生になるまで、私がお風呂に入れてあげてた。
他の家庭は知らないが、私の中ではそれが普通だった。
遼河の髪を洗ってあげたけど、ドライヤーの音が嫌いなので、乾かすのは自分でやってもらった。
「…あっ、ん。またイッちゃうっ、」
「イッて良いよ。」
「奏矢っ、…あァッ!」
奏矢が個人で使ってる部屋で、私は抱かれていた。
“元旦那さんと会った?”
私のどこを見てそう、思ったのか……。
自分では気付かないが、いつもと何か違ったみたい。
……雰囲気?なのかな。
一軒家でルームシェアしてる家に、帰って来た奏矢に聞かれて、たまたま会ったと答えた。
奏矢に手を引かれて、部屋に入ったのだった。
「楽しそうな事、してるわね。わたしも混ぜて。」
社交サロン『Lulu』のオーナーをしてる、蘭々さんが営業時間を終えて帰宅して、奏矢の部屋のドアを開けた。
奏矢はプロのチェリストだ。
部屋に入って来た蘭々さんは、……私にキスをした。
蘭々さんの唇は柔らかくて、舌は熱くて気持ち良くて、蕩けるようなキスをしてくれた。
……3Pとやらを、経験してしまった。
有栖子は私の部屋で、ぐっすり眠っていた。
蘭々さんがオーナーを務める『Lulu』は、ブランデーにワインの高級酒、美味しい料理にカクテルが楽しめる、大人の社交場だ。
店内には著名な先生の絵画や、彫刻作品があった。
会員制の社交サロンで、私は常連客だったけど、有栖子が生まれてからは、一度も行ってない。
有栖子の側にいて、お世話をした。
お店の客層は、画壇関係者から文化人、企業の社長から重役だった。
蘭々さんのお店で、月に二、三度、奏矢はチェロの演奏をしていた。
ピアノが置いてあるので、ピアニストの子もアルトバイトで雇っていた。
従業員は料理人とウェイター、バーテンダーの三人。
奏矢は父親がイギリス人のハーフで、娘の有栖子はクォーターである。
幼馴染で、子供の頃の奏矢は、まさしく天使だった。
大人の今は、精悍で凛々しい男の人に……。
蘭々さんは元プロのモデルで、美大時代に私の絵のヌードモデルになってくれた。
芸術の女神、ミューズに……。
魔性の女って、言葉がぴったり。
「遼河、久しぶり!元気にしてた?」
「元気だよ。その子が、奏矢くんとの?」
「うん。有栖子って言うの。」
「有栖子ちゃん、初めまして。白山遼河です。まだ二歳、なんだよね?ちっちゃくて、可愛い。」
遼河は有栖子の頬に、優しく触れた。
弟の遼河から連絡があり、有栖子を連れて会った。
遼河は海外勤務になり、暫く日本を離れるそう。
兄と遼河は、奏矢のお母さんから、ピアノを習っていた。
奏矢のお母さんは、自宅でピアノ教室をしていたが、病気になり治療に専念する事になった。
けど、治療の効果は見られず、亡くなってしまった。
私と奏矢が、中学生の頃だった。
奏矢を抱き締めて、慰めになるか分からなかったけど、絵画教室が終わった後、毎日顔を見に行った。
奏矢はチェロのレッスンに打ち込んでた。
奏矢の両親は離婚していて、奏矢の父親は世界的に活躍する、プロのチェリスト。
奏矢のお母さんの葬儀に、……来なかった。
別れてるとは言え、元奥さんなのに。
……お見舞いにも、たったの一度も、だ。
家庭を顧みない人であった。
離婚しても奏矢のお母さんは、元旦那さんを愛していた。
悪く言うところを、一度も見た事がなかった。
演奏家として心底、才能に惚れてるのが、分かった。
夫婦としては別れてしまっても、尊敬してるんだろうなと、思った。
ある意味、私の中の理想の夫婦像だった。
奏矢がピアノではなく、チェロを専攻したのは、父親に対する奏矢なりの復讐。
死に目にも会いに来ず、葬儀にも参列しなかった……。
父親を超える演奏家になって、母親の墓前で土下座させてやる、と。
奏矢のそう言うところが、……好きである。
蘭々さんのご両親は、事故で亡くなっていて、頼れる親戚もおらず、蘭々さんは児童養護施設で育った。
……傷の舐め合い、なのかな。
ぬるま湯みたいで、心地良かった。
父と母から、愛情を感じた事はない。
今も昔も、変わらず。
母は私が初潮を迎えると、赤飯を炊いた。
女として、一人前になったお祝いに。
私は母みたいに、家を取り仕切る女主人にはなれなかった。
なりたいとも、思ってなかった。
名門女子大で栄養学について学び、母は家族の為に毎日、ご飯を作っていた。
家の中の仕事は、母が全て行った。
私の器量だと、どっかの総合グループの後妻か、資産家の愛人にでも、されると思った。
家に縛られて、絵も奪われたら、私は生きてる意味をなくす。
莉亜ちゃんと同じ選択をする、確信があった。
自ら命を絶つ。
なので、伊吹さんは命の恩人でもあった。
私から絵を奪わなかった。
自由に、描かせてくれた。
私は四人目を妊娠した。
……父親は分からなかった。
伊吹さんか、奏矢か……。
DNAを調べれば分かるが、調べなかった。
どちらの子供でも、産むから。
調べたところで、私の選択は変わらない。
二十九歳で四人目の子を産んだ。
女の子で、名前はまた、三人で考えた。
今度は日本っぽい、可愛い名前にしようと……。
由乃(よしの)になった。
私の由貴子から、由を取った。
充葉、元貴、有栖子、由乃、四人が健やかに成長してくれるのを願っていた。
三十四歳になった伊吹さんが、再婚した話は聞かないが、伊吹さんはどれだけ歳を重ねても、美しくて魅力的だろうから、再婚の話は尽きないだろうと、思った。



