恋愛初心者③〜学園祭は驚きがいっぱい!〜


「なにかご用ですか?」
 振り向かない宗介くんを声をかけてきた女の子からかばうように立つ。


 宗介くんのこの反応、絶対なにかある。
 なら、わたしが守らなきゃ。

 接客モードの笑顔に切り替えると、女の子は胸を張る。


「ヒスイ、秦翡翠(はたひすい)って言うの。そこの秦宗介の、彼女よ!」

 静かだった部屋がざわついた。
 だけど、わたしはその破天荒な妄想のおかげで冷静なまま。

 共感性羞恥がちょっとあるくらい。あと、幸せそうにしてた宗介くんに水を差した怒り。

 男の子モードの宗介くんと一緒じゃなくてよかった。


「この子が、秦宗介くんだっておっしゃりたいのですか?」
「そうよ。宗くんの声をヒスイが聞きまちがえるわけないじゃない。女の子のマネごとしてるのは知らなかったけど」

「人違いです」
「……はぁ?」

「ですので、その宗介くんっていう子じゃないですよ。だって宗介くんは今クラスのお仕事でキッチンにいるので」
 永塚さんに比べたら全然怖くないや。デタラメをしれっと並べることくらい今のわたしならできる。


「た、他人の空似って言いたいワケ!?」
「そもそも似てないですよ。ほら」

 少しだけ落ち着いた宗介くんの肩を抱いて振り向かせると、女の子に向くのは桐谷くんお手製の女装メイク。
 髪もウィッグは一切使ってないし、バレるはずがない。わたしは桐谷くんのプライドを信じてる。


「た、たしかに……声がにてただけ……?」
 うん、だまされてくれてる。

「で、でも、名前はウソつかないわよ。秦なんて名字、なかなかいないもの。そこのおかっぱの人、この人のフルネーム言ってみてよ」
「おかっぱ……っていうのは僕のこと? 我が美術部の出し物を最後の最後で台無しにしてくれた失礼なレディ」

 うわぁ……安西師匠、怒ってる……。


「牧野ソウカ。キミが因縁つけた二人は血縁者だよ」
 え……。
「全然似てないじゃない」

 牧野、宗介……。いいかも。

 わたしが秦姓になるとフルネームが漢字二文字になっちゃうからどうしようかなって思ってたんだけど、宗介くんが牧野姓になればいいんだ!


「父親と母親が他人の子供だったんだから似てなくたっておかしくないよ。ほら、他のお客さんの迷惑だから帰って」
「な……! 失礼な人はどっちよ! ヒスイは来てあげたっていうのに!」
 女の子が声を荒げた瞬間、部屋の温度が十度くらい下がった気がした。

 安西師匠、笑顔が怖い……。


「お客様は神様。それは肯定しましょう。ですが、神様はこの空間に何人いらっしゃると思います? 他の神に迷惑をかける神なんて邪神で十分ですよ。さあ、お帰りはこちらです」

 情けの欠片もなくぽいっと女の子を放り出した安西師匠。
「騒がしくしてしまってすみません。僕は邪神の討伐に行ってきますね」

 紳士の礼を残して安西師匠は扉の向こうに消えていく。
 ほどなくして、『釜谷市からお越しの秦翡翠さんのお連れ様——』と迷子放送が……。


 釜谷市は青葉駅から電車で十五分くらいの距離にある大きめの市で、ちょうど学校の最寄りと青葉駅の中間くらいにある。斎藤くんが住んでるとこだったかな。

 駅は違うけど、釜谷市には学生寮もあったはず。


 斎藤くんと宗介くんは幼馴染だから実家の最寄りは一緒だよね? だとしたらあの子は多分、宗介くんの妹さんあたりだと思う。

 というか、一回偽名で呼んだだけなのにアドリブ対応できるのすごすぎる……。それっぽいウソ情報がポンポン口から飛び出てて。

 わたしも大胆にウソついたと思ってたけど、それ以上の役者ぶりだ。



「大丈夫……? 宗華ちゃぐぇ……」

 せ、せめて最後まで言わせて……。今全然かわいくない声出たから……。
 とりあえず締め上げないで……。


「ちょっと〜、空ちゃん苦しそうだよ」
「あ……ご、ごめん空……」
 あ、ありがとうございます先輩……。

「部長が邪神討伐してくれたし、ゆっくり見てって〜」
「まだ部長の作品しか見てないでしょ。空ちゃんのはこっちだよ〜」

「自信作なんだ。見ていって」
「うん……ありがと」


 笑ってくれた。まだちょっとぎこちないけど、さっきまではそれすらできてなかったから。

「あれ、この海岸って……」
 あ、気づいてくれた?
「あの海岸だよ」


「月が、きれい……」

 ちょっと夏目漱石さんっ……!

「あのときはそんな余裕なかったけど、空と一緒に見たらもっときれいだろうね」
 こ、殺し文句の重ねがけ!?

「わ、わたしもそう思います……」
 明日から先輩に絶対からかわれる……!

 今なら目玉焼きが焼けちゃうかもしれない。
 そう思うくらい熱くなった顔は、多分真っ赤になってる。


 小さく拍手が聞こえてくるのが恥ずかしい……!
 顔をあまり見られないように、いそいそと展示室を出ると、苦笑した宗介くんにくいと袖を引っ張られた。


「ねえ空」
「うん?」
 ほてった顔を冷ますようにパタパタとあおぎたい気持ちを抑えて宗介くんに向き直る。


「俺からの好意は、嬉しい……?」
 一人称が元に戻ってる……。

 基本二人のときに気持ちを伝えてくれる宗介くんが人前で漱石さんの引用をしたのも考えると、結構まいってそうだな……。


「うん、すごく。嬉しいって一言じゃ表せないくらい」
 だからわたしも真剣に答えた。

「じゃあ俺が、どうしようもないダメな男だったとしても……空は俺を好きなままでいてくれる……?」
「なにがあってもわたしは宗介くんを好きなままだよ」

 嫌いになるなんてありえない。
 だって、恋人名乗る女の子を前にして宗介くんとの入籍のことを考えるくらいだもん。


「いつか、牧野宗介になってほしいって……思ってるよ」
「……!」
 照れるなぁ……って思った瞬間、宗介くんの顔がボボッと真っ赤になった。

「ねぇ……嬉しくて泣きそう……」
 え゙……。

 今泣いたら化粧がびしょびしょになっちゃうから落としてからの方が……。いや、メイクしたのはあの桐谷くんだし、落ちないメイクになってるって可能性も……?


「っ……」
 わっ、と、とにかく人目につかない場所……部室使ってもいいかなっ……。


「……平気。でも誰かの口から伝わる前に、俺から伝えたいことがある。あとで付き合って」
「う、うん……!」
 心の支えになってこそ堂々と恋人って言えると思ってるからね。
 用事がありそうだった永野くんにはお断りを入れておこう。


「……ありがとう」

 ぎこちない笑顔を浮かべた宗介くんは、だけどさっきよりもしっかりした足取りで歩きだした。