「——よし、できた!」
桐谷くんの着付け教室から一ヶ月。
わたしは日課に着付け練習を組み込み、一人でお太鼓結びができるようになっていた。逆に言うと、お太鼓結びしかできないけど、浴衣は作り帯買ってるから問題なし。
鏡で確認して……。うん、長襦袢も着物もYの字になってる。
最初は長襦袢だけ死装束になってるのに気づかずに帯まで結んじゃって気分が落ちるっていう事故も多かったけど、今日はカンペキ!
階段の上り下りとお手洗いも最初よりは崩れにくくなったし、上達を感じる……!
猫背だと着崩れするかもって心配になっちゃうから心なしか姿勢もよくなったような……?
従姉にお願いして前髪を軽くしてもらってから顔にカゲが落ちなくて血色よく見えるようにもなったし、メイクとヘアアレンジもすれば「地味子はどこへ!?」ってなるくらい。
それに、メイクもヘアアレもしてないいつもの状態でも、だんだん自分を地味だと思わなくなってきた。
自然と視線が前に向く着物は、うつむきがちなわたしを成長させてくれた。
はじめはどうなるか心配だったけど、大正ロマンカフェを提案してくれた阿部さんと着物を貸してくれた桐谷くんに感謝しなきゃ。
少しだけ階段とお手洗いの練習をしたら脱いで、絵に戻る。ミサンガはもう作り終わっていて、宗介くんと話し合った結果、前日に渡そうということになった。
ほんとはすぐに渡したかったんだけど、持ち帰って失くされると困るって宗介くんが。
今はカギのかけられる学校のロッカーで保管してる。
食べ物の絵はピザトースト、フレンチトースト、メロンクリームソーダを最初に描いてたんだけど、レモン、イチゴ、ブドウ、ブルーハワイの四種も出すことになったからわかりやすいように全部描いた。
メニューが文字だけだからね。
今日の予定は、内装班リーダーの永野くんに看板デザインの完成版を渡しに行くこと。
内装に関しては全然関与できてなくて、備品メインで使うことしか知らないんだけど、赤とかブラウンベースで作るっていうのは聞いてたから看板はツバキの花をあしらってみた。
赤い花でレトロなイメージがあると言えば、ツバキだよね。
今回はテイクアウト用の容器に貼るステッカーにしたり大きさ調整が入るからデジタルで、いつもよりコントラストがはっきりした雰囲気になるように意識した。
気を抜くとデジタルでも水彩風のイラストになっちゃうからね。
今日は日曜日だけど文化祭まで一ヶ月を切った今、学校は常に解放状態。
イラストのデータと、部室で作業する用の画材類を持って学校へ向かった。
「はよ」
教室の扉を開けると、すでに永野くんが作業していた。
「永野くん、おはよう。ごめんね、待たせちゃって」
「いや、時間前だから平気」
永野くんの周りには、白い布と、これは刺繍糸?
「なにか作ってたの?」
「テーブルクロスにワンポイントでツバキの刺繍あったらオシャレじゃねって話になって。内装班はこの後椋と茜も来て作業する予定なんよ」
「そうだったんだ。わっ……! きれい……」
まだ途中だったけど、きれいなツバキにしかならなさそうな花がそこにいた。
お守り作りで刺繍に挑戦したわたしはこれがどれだけ大変かよくわかる。
「刺繍、上手だね」
「俺の母親、ハンドメイド作家なんだけどさ、スケジュール管理がド下手でイベント出店の前日まで作業してるんだよ。梱包手伝ってたら自然に作る方にも興味持ってな」
わたしと話しながらもノールックで手はせわしなく動き続けている。
やれやれって感じではあるけど、口元は楽しそう。
相当好きなんだろうな、刺繍。
「あ、看板イラストのデータ持ってきたから送っちゃうね」
「そうだった。もらったデータここでシールにするから色味とか確認してもらいたいんだけど、時間いけるか?」
「大丈夫!」
データなのに対面で渡すのなんでだろうって思ってたけど、プリントしたときの見え方確認だったんだ。
大きなプリンターみたいな機械とスマホを連携させて今わたしが送ったデータを送ると、ちょうどいい大きさにカットされた状態で出てきた。
文明の力、すご……。
縮小コピーしてハサミで一枚ずつ切るんじゃないんだ……。
「こんな感じ。テイクアウト用のドリンクカップに貼るとこんな感じ」
「……ちょっと濃すぎるかな?」
これだと花が一つの塊に見えちゃう。
「もう二段階くらい薄くできるなら」
「了解! 今調整しちゃうね」
「ありがとう」
自分の机に座って、シールを見ながら色を明るめに寄せていく。
「永野くん、直したデータ送ったよ」
「さんきゅ、じゃあ転送して……。お、いい感じ」
「うん、わたしもこっちの方がいいと思う。これで完成でいい?」
「おっけ。あ、学園祭の片付け終わったあと時間ある?」
「うん、大丈夫だよ」
なにかあるのかな。
「了解。あとは任せろ」
「お願いします!」
まだ聞かないでおこう。
グッドマークを作ってくれた永野くんにお礼をして、部室に向かった。
その途中。
「秦くん、朝から手伝ってくれてありがとう」
教室の一つからそんな声が聞こえた。
「ううん、俺も一応実行委員だし」
実行委員? わたしも実行委員だけど、今日必要なお仕事はなかったような……。
「他の男子も秦くんみたいに手伝ってくれたらいいのにさー」
「今回も一年生は秦くん以外男子来てないしね」
「強制じゃないけど一回くらい来てくれたっていいのに」
教室には何人かいるみたいで、耳を近づけるまでもなくハッキリ聞こえてくる。
なんとなく気になってみて足を止めた瞬間、トゲのある言葉が刺さった。
「秦くんも可哀想だよねー。うちらは男子来ないけど、A組は女子がサボってるんだもん」
「そーそー。集まりは来るけど全然目立ってないしさー」
「正直私たちから見ても役立たずだからね」
「誰だっけ。名前忘れちゃった。マから始まったような? マルイ?」
「それあんたの相方でしょ」
ああ……聞かなきゃよかった。
間が悪いのは変わんないなぁ……。
中の会話をこれ以上聞かないように、急ぎ足で部活動棟へ向かった。
さ、切り替えなきゃ!
まだまだ描かないといけないものはあるんだから!
この間の話し合いで決まった、来てくれた人に渡すポストカード用の絵も、まだ半分くらい残ってる。
わたしが提案したんだから早めに描き上げて修正の時間を取らなきゃいけないんだ!
だけど。
役に立ってない。
その客観的な一言が重く胸にのしかかる。
宗介くんは「クラスのこともたくさん任せちゃってるから委員会は俺に任せて」って言ってくれた。
だけど、それに甘えるべきじゃなかったんだ。
宗介くんは優しいから言わないだけで、本当はたくさん負担をかけちゃってた。
クラスにかまけて全体の仕事をしないなんて、実行委員として許されることじゃない。
宗介くんに、メッセージ送ろう。
今から私にできる委員会の仕事がないか。
でも、返ってきたメッセージは『大丈夫、空は大変だからこっちは俺に任せて』というものだった。


