限界を迎えて寝落ちしてしまった宗介くんを寝かせたあと、メイクを落として制服に着替えた。
桐谷くんのお母さんが起きてきたから朝ごはんのお手伝いしたくて。
それを伝えると、昔使っていたというかっぽう着を貸してもらえた。
あれ、この模様……矢羽柄だっけ。
どことなく色味も着物っぽいような……?
「あ、わかっちゃった? それ、着物をリメイクしたものなの。目立つところに大きなシミを作っちゃってねぇ……どうせなら汚れてもいいものに変身させちゃいましょうって」
「すごいです……!」
わたしができるお裁縫なんて、授業で習ったのと家庭科の先生に教えてもらったお守りくらいなのに……!
「ふふっ、昔の女の子はお裁縫の達人だからお婆さんが近くにいらっしゃるなら聞いてみるといいわよ。私もお母さんやお婆ちゃんから仕込んでもらったからね」
お婆ちゃんは電車と新幹線を乗り継いで六時間くらいかかるところに住んでるから、次の長期休みまでは会えないなぁ……。
お母さんなら知ってるかな? お洋服は難しくても、宗介くんに小物とか作ってあげたい。
「そうだ。ゆうゆうと仲良くしてくれてありがとうね」
「い、いえ……! わたしこそ、いつもお世話になってます……!」
わたしは助けた数よりも、助けてもらった数の方が多いから。
「芸能人じゃないゆうゆうを見てくれるお友達が増えて嬉しいのよ。あの子は大変な道ほど歩きたがるお転婆息子になっちゃったからねぇ」
売れっ子芸能人でも、お母さんの手にかかればただのお転婆息子なんだ。
わたしが桐谷くんを芸能人として見ないのは、家族に似たような人がいるからかもしれない。
お父さんはソロのピアニストとして、オーケストラを率いる指揮者として、テレビの特集が組まれたことも雑誌の取材が来たこともある。
お母さんも本業は家事代行スタッフだけど、レシピ本を出していて、二年前の初版から今も重版され続けてる。
お兄ちゃんだって才能発掘系の番組で六歳にして優勝、今は登録者二百万人に到達するソロのピアニスト。いつかピアノ教室を開くっていう夢のために受験した音大には主席で合格。
だからなのか、安西師匠が大人気イラストレーターの“小豆さん”だと知っても、斎藤くんが大好きな小説を書いた作者さんだと知っても自我がなくなるほど取り乱すってことはなかった。
イラストでお仕事するって目標があるし、そのために必要なことならなんだって経験したいってわたしの精神もあると思うけどね。
取り乱しちゃったら経験できることも経験しそびれちゃう。
「いつでもみんなで遊びにきていいからね。ここは私とゆうゆうの二人暮らしだから、このくらい賑やかだとご先祖様もきっと楽しいよ」
「ありがとうございます」
次におじゃまするのは多分、着物を返しにくるときだろうから、クリーニングも入れると十二月くらいになりそうかな。
次は馬に近づいてみたい。
あ、少し早めに出て池の錦鯉を写真に撮らせてもらえないかな? あの造形に色彩、絶対描いたときに映えると思うんだよね。
お味噌汁を温めながら、学園祭用の和紙イラストになにを描こうか想像をふくらませた。
「「「「「行ってきます!」」」」」
「行ってらっしゃ〜い」
駅まで桐谷くんのお母さんにバスで送ってもらい、ガラガラの上り電車に乗った。
この六人以外誰も乗ってないから、わたしは生まれて初めて、友達としゃべりながら登校するという体験ができた。
桐谷くんのお家のことは絶対口外しないって約束だから、話す内容は着物の感想とか学園祭に向けた意見交換とかになるけど、自分たち以外誰も乗ってない電車での会話はすごくワクワクした。
錦鯉も写真に撮れたし、今日は筆がノリそう。
和紙に描くのはもう少し先になるだろうけど、今から構図が頭に浮かんで仕方がない。早く描いて、みんなをビックリさせたいな。
「空ちゃん、すっごく嬉しそうっ! なにかあった?」
「うん……!」
「教えて!」
「えへへ……ひみつ」
「えー? 秘密なの?」
「う……天使のほほえみが……」
「宗介、変態と間違われますよ」
幸せな時間はゆっくりと過ぎていった。


