恋愛初心者③〜学園祭は驚きがいっぱい!〜



「ん……」

 陽が昇る前に目が覚めた。スマホを開いて時計を見てみると、朝の四時半前。

 迷惑にならないよう六時にかけていたアラームを止めて、そっと部屋の外に出る。


 あれ、下、電気ついてる……。
 ふすまは全部閉まってるけど、隙間からうっすら光がもれていた。

 誰かいるのかな?
 近づいて、耳をすませてみると声が聞こえてくる。


「こう?」
「はい。ようやくできるようになりましたね……もう四時半じゃないですか。僕、徹夜なんて初めてしました」

 宗介くんと桐谷くんだ。
 なんの話をしてるんだろう。


「あとは化粧か」
「それに関しては一切期待していないので僕に任せてください」
「ひでー。俺にだってできるかもしれないのに」

 宗介くんって男の子だけだとちょっと口調が崩れるんだ。初めて知ったかも。


「女装メイクはナチュラルメイクに比べて難易度が高いのです。諦めて僕に任せなさい」

 女装メイク? 宗介くんも女装するのかな?
 ちょ、ちょっとのぞいちゃダメかな……。
 で、でももし着替え中だったら申し訳ないし……。


「なにしてるんです? 牧野さん」
「ひぃ……」

 神様仏様桐谷様……! まだのぞいてませんので……! どうかお許しを……!


「なにをそんなに怯えているのです。夢見でも悪かったですか?」
「悠人、なにしてんの……って、空?」

「えっと、早く目が覚めちゃって……降りてきたら電気がついてたからちょっと気になって……」


 宗介くんが、着物着てる……!
 紺色の生地に大輪の花があしらわれた着物だ。
 宗介くんはまだ髪のセットもしてないしお化粧もしてないけど、なぜか目が離せない。


「宗介の着物は紺色ベースに鮮やかな黄色や橙を使っています」
 ああ……! だからだ……!

 わたしの着物は真紅ベースに黄色やオレンジ色の花があしらわれていた。

 ベースの色が違うだけで、一緒に使われてる色がほぼ同じだからつい見ちゃうんだ……!


「朝食まではあと一時間以上ありますし、牧野さんも着てみますか。荷物は全部持ってきているようですし」
「き、着る……!」

 別室で肌襦袢と裾除けを着て、長襦袢は自分で着たあとに添削してもらった。


 着物もせっかくだから、口で教えてもらいながら一人で着てみた。結局緩めで手直しをしてもらうことになっちゃったけどね……。

「そういえばさっき、ようやくできるようになったって言ってたけど……宗介くん、一人で女性用着物着られるの?」
「徹夜で教わってなんとか。結構楽しかったから俺も女給役やろうと思う」

「そうなんだ。一緒に頑張ろうね」
「ん」
「僕を挟んでイチャつかないでください。こっちが恥ずかしいです」


 ご、ごめんなさい……。

 ぎゅっと帯を締めてもらったら、今度は髪をやってみる。鏡の前で昨日やってもらったお下げアレンジ。


 垢抜けるなら前髪かぁ……。

 人の視線が怖くて伸ばしてた前髪は確かに、地味だよね……。
 今週末にでも、美容師さんの従姉に相談してみようかな。

 学校行くまでには落とすことになるけど、お化粧もしてみた。


「覚えがいいですね、牧野さんは」
「あ、ありがとう……!」

 嬉しい……! メモをもとに自分でも練習して、もっと自然な感じになるようにしたいな。
 鏡に向かって笑顔を作っていると、スッと影が落ちた。

 振り向くと、ほぼゼロ距離に宗介くんの顔がある。

「空、かわいい」
「へあ……」

 顔にに手が添えられて、唇に親指が当てられた。

 そ、宗介くん……!
 もしかしてめちゃくちゃ疲れてるんじゃ……!


 普段から人目を気にしない宗介くんだけど、二人きりのときにすらこんなことしてこなかったよ!?

「あ、あの……」
「ふふ……大好き……」

 ひゃあぁぁぁぁぁ……!
 とろけるような甘いほほえみを最後に、宗介くんはぐったりと崩れ落ちた。

 小さく寝息が聞こえてくるから、相当眠かったのかも……。


 じゃ、じゃなくて……! ど、どうしよう……!
 寝るならもっと寝心地いいところじゃないと疲れ取れないよ……!

「き、桐谷く……あ、あれ……桐谷くん……?」

 どこ……!?
 ちゅ、中学一年生くらいだったら、わたしでも持ち上げられるかな……?




「んっ……しょ……」
 腰抜かしたみたいな体勢からだから、力が入りにくい……。

「わっ」

 ぐっと押したら力が入っていない宗介くんを床に激突させそうになって、とっさに抱き止める。
 う……重い……。もっと筋トレしないと……。



「宗介、スキンケアのやり方についてですが……」

 戻ってきた桐谷くんがわたしたちを見てぱちぱちと目を瞬き、手に持っていたボトル類をドサッと落とした。


「牧野さん……だ、大胆ですね……ですが、ここは僕の家ですので……」
 え?

 顔を赤くした桐谷くんに首をかしげ、今自分がどんな格好なのか改めて見てみる。
 あお向けで倒れそうになっている宗介くんをおおい被さるように抱き止めたわたし。

 ……!



「ち、違うの……! 宗介くんが寝ちゃって、寝心地悪そうだから移動させようと思っただけで、決して大胆なわけでは……!」
「へえ……」
 信じてぇぇぇ……。

「……ま、まあ、そういうことにしてあげましょう。僕は隣の部屋に布団をしいてきます」

 み、見なかったことにされた……。
 なんてタイミングの悪い……。

 でも、過ぎたことをなげいても仕方がないし、早く柔らかいところで寝かせてあげたい。

 抱き止めた宗介くんを一度床に寝かせ、ぐっと負ぶった。


 背負うだけならそこまで重さは感じないけど、長くは持ちそうにないかな……。
 ずり落ちちゃわないように気をつけてっ……。

 よしっ、立てた!

 桐谷くんは隣の部屋って言ってたよね……。昨日宗介くんがいたところかな?

 う……歩くとバランスが……。


「あれ、意外と力持ちですね」
「も、持ち上げるだけなら……」
「不安なので僕が運びます」
 桐谷くんはわたしの背中からヒョイと宗介くんを回収して軽々お姫様抱っこをして歩き始める。

 あ、あの細うでにどんな筋肉が……。

 お父さんのキャリーケース一つ持って階段を登れないわたしじゃ無謀なことだったかぁ……。


 騎馬戦で阿部さんの体重支えて移動できたから大丈夫だと思ったんだけどなぁ。三人で女の子を支えるのと一人で男の子を持ち上げて運ぶのじゃ全然労力が違った。


 一回バランス崩してちゃいそうになっちゃったし、米俵一俵を持ち上げられるくらいになってからの方がいいのかも……。


「なにを考えているのかよくわかりませんが、無理な筋トレはケガの元ですよ。宗介は運動部ですし、聞いてみたらどうです?」
 ほぼ見透かされてる……!


「は、はい……」

 自分のペースで頑張って、目指せお姫様抱っこ! まではいかなくても、宗介くんを支えられるくらいには……。