恋愛初心者③〜学園祭は驚きがいっぱい!〜


【着付け教室 青葉市】
 米袋を玄関に置いてひと足先にお部屋に戻ったわたしは、スマホで着付け教室について調べてみた。

 できれば短期でマスターできるとよくて、一回にかかる料金もそんなに高くないところってなると……。


 ああ、青葉市内にはないんだ……。一番近いところでも電車を乗り継いで一時間半近くかかる。通いにくいなぁ。


 そうなると鏡の前で着付け動画をひたすら見ながらやるっていうのが早いかな。

 明日からさっそく挑戦してみよう。


「わっ、もうこんな時間……!」
 阿部さんたちがまだ戻ってきてないけど、明日も起きないとだから先に寝させてもらおう。

◇◇◇
side 宗介

 ああ……やっちゃった……。
 着付けの練習すら許したくないとか、俺どんだけ心狭いんだろ。


 空が俺を好きでいてくれてるのは知ってる。悠人のことを全く意識していないのも知ってる。
 疑うなんて失礼だって思う。


 だけど、悠人には俺以上の点がありすぎる。勝ってるのなんて身長と、この間のテスト順位くらいで。心変わりも時間の問題なんじゃないかと思ってしまうのだ。



「考えごとですか」
「え……」

 声をかけられて手を止めると、悠人に巻いていた帯が崩れてしまっていた。


「そんな体たらくじゃ、着崩れ待ったなしですよ。これをどう使うかは宗介の自由ですが、やる気がないなら僕は寝ます」
「やる気はある」
 ただ……。


「貴方たちカップルは、すぐにネガりますね。僕は自分以上に愛せる人間がいないので恋愛というのはよくわかりませんが、一度ケンカでもしてみてはどうですか?」

 は?
 ケンカ?
 声を荒げたり、そのときの感情をそのままぶつけるあのケンカ?

「そんなことしたら、空を傷つけるだけだろ」
「ええ、そうでしょうね。彼女はケンカとは無縁そうですし」
 わかってるならなんで。


「宗介は素の自分を見せたことがありますか? 情けない今のような姿を。誰もが好く秦宗介のまま後ろめたさを抱えて牧野さんと付き合っているから、見捨てられるのではという発想が出てくるのです。自分の壁取っ払う手っ取り早い方法がケンカというだけで、必ずしもやらなければいけないとあうわけではありません」

 行動派な悠人らしいな。
 情けない姿か……。

 初めて名前で呼んでもらえたときが、一番情けない素に近かったと思う。


 苗字で呼ばれるのが好きじゃなくて名前で呼んでほしいと言ったけど、俺は自分の名前も好きじゃなかった。大嫌いな父がつけた名前だから。


 だけどあの日、嫌いなはずだった名前が特別なもののように思えて。
 駅で抱きしめるだけじゃあきたらず、泣いているところまで見られた。

 いつか話はしたい。
 俺が空に隠していることについて。

 空にはそう言ったけど、まだ覚悟は決まりきらない。


「へえ、見せてるんですか。意外ですね」
 見せてるというか、うっかりこぼれたというか。
「なんて言われたんです?」

「僕が空の全部を好きなように、空は僕の全部を好きだって」
 何度惚れさせたら気が済むんだって思った。


「愛されているじゃないですか。それでもなお、不安になるんですね。やはり恋愛はよくわかりません」
「だって俺は……」


 ——実の家族を捨てているんだから。


「……? なんです? 急に黙って」
「なんでもない」
「ウソが下手ですねぇ」

 俺は空とずっと一緒にいたい。

 空が同じ想いを持ってくれているのなら、俺と家族との関係はいつか話さないといけない日がくる。


「……覚悟が決まらない男を、悠人はどう思う?」
「覚悟に性別は関係ない気もしますが……。まあ、人間らしくていいんじゃないでしょうか。悩んでいる、ということはそんなに単純な問題ではないのでしょうし。勢いに任せて話してみたら案外アッサリ解決するってこともあるかもしれませんが」


 アッサリ、か……。

 空は晴人が抱えてた傷も言葉一つで解決してしまったし、俺の問題も話せば一緒に考えてくれるだろう。
 だけど迷惑をかけるのは本意じゃないし、空の脳のメモリーを俺の嫌いな人間が埋めるのはシャクだ。


「聞いてほしい。だけど聞いてほしくない。難儀な性格ですね」
「恋愛中の人間なんてそんなもんだよ」

「やはり自分を好きになるのが一番ですね」

 このナルシストが。
 昔は全然、空や俺以上に自信なかったのにな。
 今じゃこんなになっちゃって。


「僕が僕を好きになるキッカケを作ったのは貴方ですよ、宗介」
 あーはいはい。

 教室のど真ん中で人の胸ぐらを掴んで怒鳴ったのは黒歴史の一つ。誰にも話してほしくないのを空にバラしたのは根に持つぞ。


「宗介がなにを抱えているのかよくわかりませんが、僕は二人の幸せを願っていますので。あまりこじれさせないでくださいね」

「悠人……」



 待て。なにをしている。


「今気づきましたか」

 いつの間にか着物が俺に着せられている。

 いつだ? いつからだ? 気づかなかった俺、どれだけぼんやりしてた?


「結構似合うじゃないですか。貴方も女装しますか?」

「断わ……いや、それもいいかもしれないな」

 空に近寄りすぎないように監視できるし、俺の原型がわからなくなるくらいの化粧、悠人なら手早くできるはず。



「なら、髪型のベースは統一するので伸ばしておいてくださいね」
 部活あるんだが。

「ピンで留めるとかできるでしょう。女装は遊びじゃないのですから、やると決めたら真面目にやってください」
 俳優業やってる悠人が言うと説得力あるな。

 女性役やったことも女装男子の役をやったこともあるらしいし、少しでも気を抜いたら引っぱたかれそうだ。


 普段から夜更かしは肌によくないと言う悠人がなにも言わないのをいいことに朝方まで付き合わせ、俺はなぜか一人で女性物の着付けができるようになってしまった。



 その頃にはなんで悠人に嫉妬していたのかも忘れてたし、ネガティブな気持ちもすっかり消えていた。

 悠人がっていうのは複雑だけど、いい気分転換にはなったんだろうな。