夕暮れの美術室は、放課後のざわめきをすっかり吸い込んで、ひっそりと静まり返っていた。
窓から差し込むオレンジ色の斜光が、室内の白い石膏像や木製のイーゼルを長く引き伸ばした影で染めていく。
私は教卓の上にぽつんと置かれた、一枚の大きなキャンバスを見つめていた。
今日、この美術室を卒業していった立花くんが、「先生、これ置いてくわ」と、相変わらず照れくさそうにぶっきらぼうに押し付けていった卒業制作。
そこに描かれていたのは、あの日の色彩だった。
あの金曜日の夜、バーのカウンターで私が航平くんにスマホの画面越しに見せた、スケッチブックの中のあの絵。立花くんが「他校のクソ真面目サッカー部を黙らせる絵」と呼んだあの荒削りな衝動を、彼は数年という時間をかけて、この大きなキャンバスへと描き直したものらしい。
あの日パステルで殴り書きされていた青は、油絵の具の重厚な重なりへと生まれ変わり、驚くほど洗練され、けれどあの日以上の圧倒的な熱量を持って画面の中で脈打っている。
絵の右下には、小さな文字でタイトルが添えられていた。
『美術室の魔法』――それが、彼の選んだ新しい題名だった。
「……ふふ、生意気」
小さく呟いた声が、静まり返った部屋に優しく溶けていく。
あの子が必死になって私の鼻を明かそうとしたあの絵の原点に、どれほど愛おしい嘘と、ひたむきな背伸びが隠されていたか。
それを知っているのは、きっと世界中で私だけだ。
胸の奥が、じんわりと熱いもので満たされていく。
チャコールグレーのシャツを着て私を救ってくれたあの声も、泥にまみれてダイレクトシュートを放っていたあの背中も、すべてがこの一枚の絵の向こうで繋がっているような気がした。
君が起こしてくれた魔法は、こうして確かに、ここにある。
あの日、彼との繋がりを切ってから、もう何ヶ月もの時間が流れていた。画面の向こうに彼の気配を感じることも、探ることもできない日常の中で、けれど私の心には、不思議なほど少しの揺らぎもなかった。
だから、私も私の時間を全力で生きる。
先生として教壇に立ち、生徒たちと向き合い、しっかり前を向いて歩いていく。
それが私の選んだ大人としての責任であり、君の未来を信じるということだから。
窓から差し込む夕陽は、私の引き締まった決意の顔と、君が起こしてくれた魔法の絵を、どこまでも優しく照らし続けてくれた。
窓から差し込むオレンジ色の斜光が、室内の白い石膏像や木製のイーゼルを長く引き伸ばした影で染めていく。
私は教卓の上にぽつんと置かれた、一枚の大きなキャンバスを見つめていた。
今日、この美術室を卒業していった立花くんが、「先生、これ置いてくわ」と、相変わらず照れくさそうにぶっきらぼうに押し付けていった卒業制作。
そこに描かれていたのは、あの日の色彩だった。
あの金曜日の夜、バーのカウンターで私が航平くんにスマホの画面越しに見せた、スケッチブックの中のあの絵。立花くんが「他校のクソ真面目サッカー部を黙らせる絵」と呼んだあの荒削りな衝動を、彼は数年という時間をかけて、この大きなキャンバスへと描き直したものらしい。
あの日パステルで殴り書きされていた青は、油絵の具の重厚な重なりへと生まれ変わり、驚くほど洗練され、けれどあの日以上の圧倒的な熱量を持って画面の中で脈打っている。
絵の右下には、小さな文字でタイトルが添えられていた。
『美術室の魔法』――それが、彼の選んだ新しい題名だった。
「……ふふ、生意気」
小さく呟いた声が、静まり返った部屋に優しく溶けていく。
あの子が必死になって私の鼻を明かそうとしたあの絵の原点に、どれほど愛おしい嘘と、ひたむきな背伸びが隠されていたか。
それを知っているのは、きっと世界中で私だけだ。
胸の奥が、じんわりと熱いもので満たされていく。
チャコールグレーのシャツを着て私を救ってくれたあの声も、泥にまみれてダイレクトシュートを放っていたあの背中も、すべてがこの一枚の絵の向こうで繋がっているような気がした。
君が起こしてくれた魔法は、こうして確かに、ここにある。
あの日、彼との繋がりを切ってから、もう何ヶ月もの時間が流れていた。画面の向こうに彼の気配を感じることも、探ることもできない日常の中で、けれど私の心には、不思議なほど少しの揺らぎもなかった。
だから、私も私の時間を全力で生きる。
先生として教壇に立ち、生徒たちと向き合い、しっかり前を向いて歩いていく。
それが私の選んだ大人としての責任であり、君の未来を信じるということだから。
窓から差し込む夕陽は、私の引き締まった決意の顔と、君が起こしてくれた魔法の絵を、どこまでも優しく照らし続けてくれた。

