放課後のジントニック、美術室の魔法

金曜日の魔法のような時間はあっという間に過ぎ去り、容赦のない現実がまた始まる。
月曜日の放課後。グラウンドには、ピッと鋭いホイッスルの音と、スパイクが土を噛む鈍い音が響いていた。
「航平、ナイシュー!」
パサーの意図を完璧に汲み取った俺のシュートがゴールネットを揺らすと、アシストをした男がニカっと白い歯を見せて駆け寄ってきた。
同じサッカー部で、ポジションはトップ下。小学校からの付き合いになる、木村大輝だ。
クラスには他にもそれなりに友達もいるし、部活の仲間とも上手くやっている。だけど、自分の『本当の秘密』を打ち明けられるのは、世界中で大輝、ただ一人だけだった。
「お前、やけに顔がスッキリしてんな。さては金曜日、例の女教師といい感じだったろ」
給水ボトルの水を喉に流し込みながら、大輝がニヤニヤと肩をぶつけてくる。
「……声がでかい。誰かに聞かれたらどうすんだよ」
「誰も聞いてねえって。それにしても、お前をあのバーに送り込んで正解だったな」
大輝はしみじみとグラウンドの端を眺めた。
半年前。遠征先の隣町の高校で、グラウンドの向こうにある特別棟の窓辺を見つめたまま、文字通りフリーズしてちあ俺の異変に気付いたのも大輝だった。
あの電話がなければ、俺は今でもグラウンドからただ遠くを見つめるだけの、つまらない高校生で終わっていただろう。
「で?大学生の『航平先輩』は、どんな頼りがいのあるアドバイスを残してきたわけ?」
「……美術部の生徒のことで、悩んでた。高校生は正論じゃ動かない、みたいな話を……」
「ぷっ!お前、現役高校生のくせによく言うわ!」
大輝は腹を抱えて笑い、それから少しだけ真面目顔になって言った。
「ま、真面目過ぎて面白みのなかったお前が、そこまで必死になってるの見るの、親友としては結構楽しいよ。たまに単発のバイトとか入れてまで、バーの代金とか稼いだりしてさ」
「……言うなよ。俺だって、必死なんだから。服のことなんて全然わかんないから、お前にセレクトショップ連れてってもらわなきゃ、あのチャコールグレーのシャツすら買えなかったんだぞ」
「わかってるよ。あの時のお前、試着室から出てくるたびにロボットみたいにガチガチで最高に笑えたわ。まぁ少ない軍資金のなかでインナー変えたりして、必死に大学生っぽく着回して頑張れよ」
「ああ、本当に感謝してる」
大輝の言葉を聞きながら、俺は半年前、この無茶苦茶な作戦を始めた怒涛の日々を思い出していた。すべてはあの遠征先先で一目惚れした美術室にいた先生に近づくための、無謀な挑戦の始まりだった。
バーへ行くための軍資金作りは、想像以上に過酷だった。