パレットナイフを片付ける私の指先が、微かに震えている。
生徒たちの無邪気な言葉が、私が心にかけたばかりの鍵を、容赦無くぶち壊していった。
分かっている。そんなことは、今朝から何度も自分に言い聞かせ、納得させたはずだった。彼は大学生で、私なんかよりもずっと若くて、眩しい世界にいることなんて、百も承知だ。
だけど――言葉にされて、突きつけられて、初めて思い知らされた。
自分が必死に言い聞かせてきた「先生だから」「年上だから」という綺麗な正論が、ただの強がりでしかなかったことを。
(……嫌だ)
想像しただけで、胸の奥がキリキリと、今まで経験したことがないほどの激しい嫉妬で引き裂かれそうになった。
誰にも、取られたくない。
私の心を救ったあの優しい声も、美術館の人混みで私を包み込んでくれた広い背中も、私だけを見てくれている真っ直ぐな瞳も。
だと絵それが、いつか同じキャンパスの、私よりもずっと若くて可愛い女の子に向けられる日が来るのだとしても。
「私…本当に、バカみたいじゃない……」
自分の年齢も立場も忘れて、見えない誰かに激しく嫉妬している。そんな自分が滑稽で、だけど、もうブレーキはどこにも見当たらなかった。
次の金曜日、あのバーで彼にあったら。
もう、ただの『相談に乗ってもらっている年上の徒人』の振りなんで、絶対にできない。
窓の外の夕日が、私の赤くなった顔を容赦なく照らしていた。
***
カランカラン、と勢いよく氷の音が、金曜日前夜の賑やかな居酒屋の喧騒に混ざって響く。
「?――ちょっと待って。あの『石橋を叩いて渡らない』で有名だった佐倉結衣が、年下の大学生にそこまで独占欲爆発させてるわけ?」
仕事帰りに待ち合わせた駅前の居酒屋。目の前に座る沙耶は届いたばかりのレモンサワーのジョッキを片手に、本気で信じられないといった様子で目を見開いていた。
一般企業で企画職としてバリバリ働く沙耶は、サバサバとした男勝りな性格で、私の真面目すぎるお堅い性格を高校生の頃から一番よく知っている。お互いにすっかりスーツやオフィスカジュアルが板に付いた今でも、こうして二人で机を挟めば、一瞬であの泥臭かった女子高生時代に戻ってしまうような、私にとって数少ない大切な大親友だった。
生徒たちの無邪気な言葉が、私が心にかけたばかりの鍵を、容赦無くぶち壊していった。
分かっている。そんなことは、今朝から何度も自分に言い聞かせ、納得させたはずだった。彼は大学生で、私なんかよりもずっと若くて、眩しい世界にいることなんて、百も承知だ。
だけど――言葉にされて、突きつけられて、初めて思い知らされた。
自分が必死に言い聞かせてきた「先生だから」「年上だから」という綺麗な正論が、ただの強がりでしかなかったことを。
(……嫌だ)
想像しただけで、胸の奥がキリキリと、今まで経験したことがないほどの激しい嫉妬で引き裂かれそうになった。
誰にも、取られたくない。
私の心を救ったあの優しい声も、美術館の人混みで私を包み込んでくれた広い背中も、私だけを見てくれている真っ直ぐな瞳も。
だと絵それが、いつか同じキャンパスの、私よりもずっと若くて可愛い女の子に向けられる日が来るのだとしても。
「私…本当に、バカみたいじゃない……」
自分の年齢も立場も忘れて、見えない誰かに激しく嫉妬している。そんな自分が滑稽で、だけど、もうブレーキはどこにも見当たらなかった。
次の金曜日、あのバーで彼にあったら。
もう、ただの『相談に乗ってもらっている年上の徒人』の振りなんで、絶対にできない。
窓の外の夕日が、私の赤くなった顔を容赦なく照らしていた。
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カランカラン、と勢いよく氷の音が、金曜日前夜の賑やかな居酒屋の喧騒に混ざって響く。
「?――ちょっと待って。あの『石橋を叩いて渡らない』で有名だった佐倉結衣が、年下の大学生にそこまで独占欲爆発させてるわけ?」
仕事帰りに待ち合わせた駅前の居酒屋。目の前に座る沙耶は届いたばかりのレモンサワーのジョッキを片手に、本気で信じられないといった様子で目を見開いていた。
一般企業で企画職としてバリバリ働く沙耶は、サバサバとした男勝りな性格で、私の真面目すぎるお堅い性格を高校生の頃から一番よく知っている。お互いにすっかりスーツやオフィスカジュアルが板に付いた今でも、こうして二人で机を挟めば、一瞬であの泥臭かった女子高生時代に戻ってしまうような、私にとって数少ない大切な大親友だった。

