その言葉に、結衣さんは一瞬だけ不意を突かれたように目を丸くして、それから、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「ふふ、そっか。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。すっごく嬉しい! 楽しみにしてるね、航平くん」
***
約束の時間、土曜日の午後一時。
真面目だけが取り柄の俺は、当然のように午前中の部活をきっちりこなした。いつもなら部活の後、大輝とグラウンドで二時間お居残り練習をするのが定番だった。
だが、今日は違う。練習が終わるやいなや、俺は誰よりも早く部室を飛び出し、爆速で一旦家に帰った。
泥だらけの体をシャワーで急いで洗い流し、結衣さんに汗臭いと思われないよう入念に準備する。それから、リュックではなく、自室のクローゼットから用意しておいた私服を取り出した。
大輝のアドバイス通り、少ない軍資金の中で必死に考えた、昼のデート用の新しいコーディネートだ。クリーンな白Tシャツに爽やかなネイビーのサマーカーディガンを羽織った。夜の雰囲気とは違う、昼の街に馴染むような軽やかさを意識したつもりだった。
髪をワックスで大人っぽく整え、大急ぎで家を出る。
しかし、駅へと続く並木道に差し掛かった時、背後から「あれ?航平?」と不審そうな声が届いた。
振り返ると、スクールバッグを抱えた夏海が立っていた。
いつもの泥だらけのジャージ姿ではない、見たこともない大人っぽい私服を着て、髪を整えた俺を、夏海は目を見開いて凝視している。
「夏海……。」
「航平、何その服……?今日は居残り練習、しないの?」
夏海の視線が、俺の服から、髪、明らかにお洒落をしている全身へと動く。
「あ、ああちょっと、大学…じゃなくて、ちょっと急な用事ができてさ」
言い間違えそうになり、慌てて口を塞ぐ。夏海は首を傾げ、バッグの紐をぎゅっと握り直した。
「いつもは部活の後、居残り練習までしっかりやるのに。……最近の航平、なんか変だよ。私に隠れて、どこに行くの?」
夏海の瞳には、寂しさと、何かを見透かそうとする強い不信感が宿っていた。
「悪い、本当に急ぐから、また月曜日に!」
俺はそれだけ言い残し、夏海の視線から逃げるように駅へと走り出した。後ろ髪を引かれるような罪悪感が胸をついたが、今は結衣さんとの約束が迫っている。
「あ、航平くん!こっちこっち!」

