ヒスイはのんびりと、森の中を歩いた。
相変わらず暗い世界なのに、魔族が来るせいでさらに暗さが増している。足元もよく見えない。
(講堂には全員集まってるみたいだね。校長先生の結界ならしばらく保つだろうし)
ぱきん、と靴裏から音がして、木の枝を踏んだと気づく。
簡単に折れちゃうんだなあ、とその姿に思わず人間の姿を重ねる自分が嫌になった。
動物の唸り声が聞こえ、顔を上げると骨の姿をした犬に出会った。二、三十匹はいるだろう。
「ごめんねワンちゃん、相手してあげるほど弱くないんだ」
腕を軽く振るうと一瞬にして消し飛んだ。
「ねえ、出てきてください。そこにいるんでしょ?」
声をかけると黒がより一層深くなる。
ビチャ、ビチャ、と液体が地面に落ちる音が聞こえ、ヒスイの前に煙が渦巻く。
その煙に、黒い液体に染まった素足が見えた。
「足だけですか?」
「ーー」
「初対面なんだから姿を見せてくださいよ、オトウサマ」
「ーー瑠璃花(るりか)はどこだ?」
腹の底に響くような低い声と共に、ヒスイは眉間に皺を寄せる。
「? 誰ですかそれ」
「お前の母親だ」
「…ずいぶん前に僕をここに捨てていきましたけど」
「え?」
ぴく、と黒に染まった足が反応した。けれども相変わらず足首から上は見せてくれない。
「そう、か…」
「何の用で来たんですか。返答次第じゃ怒りますよ」
「お前の名はなんだ? 何と呼べばいい?」
「オトウサマに呼ばれたい名前なんてない」
「…ずいぶんと反抗的だな」
足から…サタンの足から、ビチャリ、と黒い液体が落ちては地面に吸い込まれる。落ちた部分に触れた草が焦げ落ちる。辺りに焦げ臭い匂いが立ち込めた。
ーーやっぱりみんなを避難させといてよかった。
目的がわからない。ただ…自分が目当てということだけはわかる。
「お前、その左目は何だ」
「…ただのアクセサリーですよ」
顔の左側に指を突っ込み、義眼を引きずり出しては投げ捨てた。
「お前、あっちから来たな。何がある?」
「何もない」
「町があったな。お前はそこに住んでいるのか?」
「個人情報なんで易々と教えられませんね」
「私でも、か?」
「オトウサマにでも、です」
ーーあの時の判断は正しかった。
一度も会ったことのない父親だと瞬時に察せた。
念の為避難するように指示をし、校長はちゃんと結界を張ってくれた。
魔族は人を襲う。それが本能だ。あとは…どれだけ足止めができるか。
(あの義眼はただの飾りのようなものだ。僕の力があれば…)
ヒスイはファイティングポーズを取る。
「なんだ? 私を殺そうとでもするのか?」
「できそうな気がするんですよね」
「へっぴり腰」
「誰かさんに似たんですよ、きっと」
にこり、と微笑んでみせた。
ーーあの時の判断は正しかったと思ったのは、ただの誤算だった。
腰に絡みつく腕に気づいたとき、間違った判断をしてしまったとヒスイは後悔した。
腕が小刻みに震えることで、一度も会ったことのないサタンは自分が思っている以上に恐怖の対象だと気づいた。
そして、校長が張った結界からひとり抜け出したことに気づけなかった。
「ヒスイせんせ!!」
腰に絡みつく腕にぐっと引き寄せられ、あっという間に雫の腕の中だと気づいた。
ーーまだ自分を追いかけてくるなんて、誤算以外の何物でもなかった。
「ヒスイせんせ!!」
あたたかい腕の中で瞬時に考える。
ーーどうやったらこの場を切り抜けられるか…答えは出てきてくれなかった。
(しまったーー)
雫が追いかけてくるなんて思いも寄らなかった。
嬉しさと同時に、後悔の波が押し寄せる。
雫はS学園大学の制服を着ている。サタンがそれに気づかないはずがない。
「何してんだよヒスイせんせ! なんで義眼取ってんだよ!」
「あ〜…」
「しかもなんだよアレ! 足しかねえぞ…」
「僕の父親」
「は!? 意味わかんねえ!」
僕だって意味がわからない。そう言いたいのをヒスイはぐっと堪えた。
「何かしらの目的で僕に会いに来たんだ。さっきの気配はそれね。危ないから結界張ってもらったのに…なんでここに来たの」
「いくら待ってもヒスイせんせが来ないからだろ! 逃げるぞ!」
「ごめん、逃げられない」
「は…?」
腰と胸に絡みつく腕を、ぽんぽん、と叩いてあげる。
「離してくれる?」
「な、に…なに言ってんだよ…」
「離してって言ってるんだよ」
シュルシュルと伸びた木の枝が、雫の腕と足を捕縛する。ヒスイはそっと、腕の中から抜け出た。
「んだよこれ…おい! 外せ! お前がやってんだろヒスイせんせ!」
にこ、とヒスイは足だけの存在に笑いかけた。
「僕が何を言いたいかわかりますよね」
「ずいぶんと自己犠牲が激しいな」
「それであの子の命が残るんだったら、僕の身ひとつなんて安すぎる」
足が消え、少しずつ煙の存在が遠ざかり、追いかけるようにヒスイは歩き出した。
ぱき、と枝が折れる。自分の命のようだとも思えた。
「待てよ! ヒスイせんせ! ヒスイっ!!」
ヒスイは振り返る。
ひらひらと手を振った。
「じゃあね、雫くん。来世があったら…また会いたいな」
思いは声に出さないと伝わらない。
にっこり笑いながら、最後に思いを伝えられたと自己満足で完結した。
相変わらず暗い世界なのに、魔族が来るせいでさらに暗さが増している。足元もよく見えない。
(講堂には全員集まってるみたいだね。校長先生の結界ならしばらく保つだろうし)
ぱきん、と靴裏から音がして、木の枝を踏んだと気づく。
簡単に折れちゃうんだなあ、とその姿に思わず人間の姿を重ねる自分が嫌になった。
動物の唸り声が聞こえ、顔を上げると骨の姿をした犬に出会った。二、三十匹はいるだろう。
「ごめんねワンちゃん、相手してあげるほど弱くないんだ」
腕を軽く振るうと一瞬にして消し飛んだ。
「ねえ、出てきてください。そこにいるんでしょ?」
声をかけると黒がより一層深くなる。
ビチャ、ビチャ、と液体が地面に落ちる音が聞こえ、ヒスイの前に煙が渦巻く。
その煙に、黒い液体に染まった素足が見えた。
「足だけですか?」
「ーー」
「初対面なんだから姿を見せてくださいよ、オトウサマ」
「ーー瑠璃花(るりか)はどこだ?」
腹の底に響くような低い声と共に、ヒスイは眉間に皺を寄せる。
「? 誰ですかそれ」
「お前の母親だ」
「…ずいぶん前に僕をここに捨てていきましたけど」
「え?」
ぴく、と黒に染まった足が反応した。けれども相変わらず足首から上は見せてくれない。
「そう、か…」
「何の用で来たんですか。返答次第じゃ怒りますよ」
「お前の名はなんだ? 何と呼べばいい?」
「オトウサマに呼ばれたい名前なんてない」
「…ずいぶんと反抗的だな」
足から…サタンの足から、ビチャリ、と黒い液体が落ちては地面に吸い込まれる。落ちた部分に触れた草が焦げ落ちる。辺りに焦げ臭い匂いが立ち込めた。
ーーやっぱりみんなを避難させといてよかった。
目的がわからない。ただ…自分が目当てということだけはわかる。
「お前、その左目は何だ」
「…ただのアクセサリーですよ」
顔の左側に指を突っ込み、義眼を引きずり出しては投げ捨てた。
「お前、あっちから来たな。何がある?」
「何もない」
「町があったな。お前はそこに住んでいるのか?」
「個人情報なんで易々と教えられませんね」
「私でも、か?」
「オトウサマにでも、です」
ーーあの時の判断は正しかった。
一度も会ったことのない父親だと瞬時に察せた。
念の為避難するように指示をし、校長はちゃんと結界を張ってくれた。
魔族は人を襲う。それが本能だ。あとは…どれだけ足止めができるか。
(あの義眼はただの飾りのようなものだ。僕の力があれば…)
ヒスイはファイティングポーズを取る。
「なんだ? 私を殺そうとでもするのか?」
「できそうな気がするんですよね」
「へっぴり腰」
「誰かさんに似たんですよ、きっと」
にこり、と微笑んでみせた。
ーーあの時の判断は正しかったと思ったのは、ただの誤算だった。
腰に絡みつく腕に気づいたとき、間違った判断をしてしまったとヒスイは後悔した。
腕が小刻みに震えることで、一度も会ったことのないサタンは自分が思っている以上に恐怖の対象だと気づいた。
そして、校長が張った結界からひとり抜け出したことに気づけなかった。
「ヒスイせんせ!!」
腰に絡みつく腕にぐっと引き寄せられ、あっという間に雫の腕の中だと気づいた。
ーーまだ自分を追いかけてくるなんて、誤算以外の何物でもなかった。
「ヒスイせんせ!!」
あたたかい腕の中で瞬時に考える。
ーーどうやったらこの場を切り抜けられるか…答えは出てきてくれなかった。
(しまったーー)
雫が追いかけてくるなんて思いも寄らなかった。
嬉しさと同時に、後悔の波が押し寄せる。
雫はS学園大学の制服を着ている。サタンがそれに気づかないはずがない。
「何してんだよヒスイせんせ! なんで義眼取ってんだよ!」
「あ〜…」
「しかもなんだよアレ! 足しかねえぞ…」
「僕の父親」
「は!? 意味わかんねえ!」
僕だって意味がわからない。そう言いたいのをヒスイはぐっと堪えた。
「何かしらの目的で僕に会いに来たんだ。さっきの気配はそれね。危ないから結界張ってもらったのに…なんでここに来たの」
「いくら待ってもヒスイせんせが来ないからだろ! 逃げるぞ!」
「ごめん、逃げられない」
「は…?」
腰と胸に絡みつく腕を、ぽんぽん、と叩いてあげる。
「離してくれる?」
「な、に…なに言ってんだよ…」
「離してって言ってるんだよ」
シュルシュルと伸びた木の枝が、雫の腕と足を捕縛する。ヒスイはそっと、腕の中から抜け出た。
「んだよこれ…おい! 外せ! お前がやってんだろヒスイせんせ!」
にこ、とヒスイは足だけの存在に笑いかけた。
「僕が何を言いたいかわかりますよね」
「ずいぶんと自己犠牲が激しいな」
「それであの子の命が残るんだったら、僕の身ひとつなんて安すぎる」
足が消え、少しずつ煙の存在が遠ざかり、追いかけるようにヒスイは歩き出した。
ぱき、と枝が折れる。自分の命のようだとも思えた。
「待てよ! ヒスイせんせ! ヒスイっ!!」
ヒスイは振り返る。
ひらひらと手を振った。
「じゃあね、雫くん。来世があったら…また会いたいな」
思いは声に出さないと伝わらない。
にっこり笑いながら、最後に思いを伝えられたと自己満足で完結した。
