ある休日。
マンションの廊下に出ると、隣の部屋の前で愁がしゃがみ込んでいた。
床には破れた茶色い袋とこぼれたコーヒー豆。
「……やらかした」
つぶやきながら、指先でコーヒー豆をなでている。
その仕草に、美咲は思わず笑った。
「何してるんですか」
「豆を落とした」
「それは見ればわかります」
「だよね」
二人で笑った。
「せっかくいい豆をわけてもらったのに……。洗ったら大丈夫だったり……」
「風味は落ちちゃうと思いますよ」
「だよね」
「手伝います」
美咲は、しゃがんで豆を拾い始めた。
「ありがとうございます」
「いえ」
その日を境に、少しずつ交わす言葉が増えていった。
10日ほどたった週末。愁から、この前のお礼をさせてほしい、と声をかけられた。最初はもちろん断った。けれど、同じ豆をもう一度わけてもらったから、是非一緒に味わってほしいと言われ、断りきれず、躊躇いながらも愁の家に足を踏み入れてしまった。
通された部屋には、数本のギターとアンプ。
そして大量のCDと雑誌が、驚くほどきれいに整理されていた。
テーブルの上に、一冊の本がある。
美咲の最新作だった。
「……それ」
「スタッフに勧められて読んだ」
愁が本を手に取る。
「読んだら止まらなくてさ」
胸が騒ぐ。
その小説は、推しに恋をして、失って、それでも立ち直っていく女性の物語だった。
誰にもわからないように書いた。
自分自身の過去を。
「主人公の気持ちが、なんか自分と重なったんだよね」
美咲は言葉を失った。
「……そんな風に言われると、照れますね」
「本当にすごいよ」
愁は本を見つめた。
「あの頃の俺には、こういう物語が必要だったんだと思う」
――あの頃。
その言葉だけで、空気が少し変わった。
マンションの廊下に出ると、隣の部屋の前で愁がしゃがみ込んでいた。
床には破れた茶色い袋とこぼれたコーヒー豆。
「……やらかした」
つぶやきながら、指先でコーヒー豆をなでている。
その仕草に、美咲は思わず笑った。
「何してるんですか」
「豆を落とした」
「それは見ればわかります」
「だよね」
二人で笑った。
「せっかくいい豆をわけてもらったのに……。洗ったら大丈夫だったり……」
「風味は落ちちゃうと思いますよ」
「だよね」
「手伝います」
美咲は、しゃがんで豆を拾い始めた。
「ありがとうございます」
「いえ」
その日を境に、少しずつ交わす言葉が増えていった。
10日ほどたった週末。愁から、この前のお礼をさせてほしい、と声をかけられた。最初はもちろん断った。けれど、同じ豆をもう一度わけてもらったから、是非一緒に味わってほしいと言われ、断りきれず、躊躇いながらも愁の家に足を踏み入れてしまった。
通された部屋には、数本のギターとアンプ。
そして大量のCDと雑誌が、驚くほどきれいに整理されていた。
テーブルの上に、一冊の本がある。
美咲の最新作だった。
「……それ」
「スタッフに勧められて読んだ」
愁が本を手に取る。
「読んだら止まらなくてさ」
胸が騒ぐ。
その小説は、推しに恋をして、失って、それでも立ち直っていく女性の物語だった。
誰にもわからないように書いた。
自分自身の過去を。
「主人公の気持ちが、なんか自分と重なったんだよね」
美咲は言葉を失った。
「……そんな風に言われると、照れますね」
「本当にすごいよ」
愁は本を見つめた。
「あの頃の俺には、こういう物語が必要だったんだと思う」
――あの頃。
その言葉だけで、空気が少し変わった。

