それから十年。
美咲は三十代になった。
大学を卒業し、作家になった。
まだ誰もが知る名前ではない。
それでも、少しずつ作品を読んでくれる人が増えてきた。
締め切りに追われる毎日。
自由で、静かで、少し孤独。
それでも、美咲は今の生活を気に入っていた。
そんなある日のことだった。
打ち合わせから帰宅すると、マンションの廊下に引っ越し業者がいた。
そういえば、隣の部屋はしばらく空室だった。
誰か引っ越してくるのだろう。
美咲は軽く会釈して、自分の部屋へ向かおうとした。
そのときだった。
「すみません。少し通してもらってもいいですか?」
低い声。
どこか懐かしい。
美咲は足を止めた。
振り返る。
黒いマスク。
少し伸びた髪。
十年前より落ち着いた雰囲気。
それでも。
その目を見た瞬間、わかった。
「……SYU」
思わず口から名前がこぼれた。
男性の目が丸くなる。
そして、マスク越しに笑った。
「俺のこと、知ってる?」
冗談めかした声。
「……え?」
「いや、もしかして……昔、ライブ来てくれてた?」
美咲は固まった。
「……覚えてるんですか?」
「うん。なんとなく」
彼はそう言って笑った。
「俺、意外と覚えてるんだよ。いつも来てくれてた子とか」
十年前。
何万人ものファンの一人だった自分を。
覚えている。
それだけで、美咲の世界が音を立てて動き始めた。
美咲は三十代になった。
大学を卒業し、作家になった。
まだ誰もが知る名前ではない。
それでも、少しずつ作品を読んでくれる人が増えてきた。
締め切りに追われる毎日。
自由で、静かで、少し孤独。
それでも、美咲は今の生活を気に入っていた。
そんなある日のことだった。
打ち合わせから帰宅すると、マンションの廊下に引っ越し業者がいた。
そういえば、隣の部屋はしばらく空室だった。
誰か引っ越してくるのだろう。
美咲は軽く会釈して、自分の部屋へ向かおうとした。
そのときだった。
「すみません。少し通してもらってもいいですか?」
低い声。
どこか懐かしい。
美咲は足を止めた。
振り返る。
黒いマスク。
少し伸びた髪。
十年前より落ち着いた雰囲気。
それでも。
その目を見た瞬間、わかった。
「……SYU」
思わず口から名前がこぼれた。
男性の目が丸くなる。
そして、マスク越しに笑った。
「俺のこと、知ってる?」
冗談めかした声。
「……え?」
「いや、もしかして……昔、ライブ来てくれてた?」
美咲は固まった。
「……覚えてるんですか?」
「うん。なんとなく」
彼はそう言って笑った。
「俺、意外と覚えてるんだよ。いつも来てくれてた子とか」
十年前。
何万人ものファンの一人だった自分を。
覚えている。
それだけで、美咲の世界が音を立てて動き始めた。
