愁と話をしてから、数日が経った。
彩香は、離婚協議中の夫、大和と向き合っていた。
「……ごめんなさい」
彩香は、深く頭を下げた。
「ずっと、中途半端なままで……。大和には、本当に申し訳ないことをしたと思ってる」
「……うん」
「慰謝料とか、この家のこととか。できる限り、大和が納得できる形にするから。何でも言って」
大和は、しばらく黙って彩香を見つめていた。
「……愁さんとは、ちゃんと話せた?」
「……うん」
「決着は、ついた?」
彩香は少しだけ間を置いて、頷いた。
「もう、大丈夫」
彩香の声は穏やかだった。
「過去にしばられずに、ちゃんと前を向いて進んでいく」
それを聞いて、大和は小さく息を吐いた。
「そっか」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
やがて、大和が口を開く。
「じゃあ……もう一度、やり直さない?」
「……え?」
「過去にしばられないって決めたんなら、今度は、ちゃんと俺と向き合ってみない?」
彩香は、戸惑ったように首を横に振った。
「そんな都合のいいこと、できないよ」
「どうして?」
「私は大和を傷つけた。結婚してからも、ずっと別の人のことを忘れられなかった」
「知ってる」
「そんな私を、今さら……」
「俺がいいって言ってる」
大和は、静かに笑った。
「俺、高校の頃からずっと彩香のことが好きだったんだ」
「……え?」
予想していなかった大和の言葉に、彩香は驚いた。
「映像研究部、楽しかったよね?」
「うん……」
「OBも含めて、男女関係なくみんな仲がよくて。卒業してからもなんだかんだで集まってた」
大和は、懐かしそうに笑った。
「だから、言えなかった。あの関係を壊すのが怖くて、言えなかった」
「……知らなかった」
「誰にも言ってなかったからね」
大和は、一度視線を落とした。
「就職で彩香が地元を離れた時、一度は諦めようと思った」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「でも、あの騒動があって、彩香が戻ってきてるって知った時……チャンスだと思った」
彩香は、何も言えなかった。
「正直、あの時は弱ってる彩香につけこんだと思う」
大和は、自嘲するように笑った。
「結婚してからも、彩香の中に、まだ消化できていない思いがあることには気付いてた」
「……」
「それでも、そばにいてほしかった」
「……大和」
「彩香が俺だけをを見てくれる日が、いつか来るんじゃないかって、どこかで期待してた」
──それでも
「愁さんとうまくいくなら、それはそれで仕方ないと思ってた」
彩香が、泣きそうな顔で大和を見る。
「彩香が本当に幸せになれるなら……その時は、ちゃんと応援しようって」
「……」
「でも、愁さんとのことに区切りをつけたなら……だったら、俺は諦めたくない」
その言葉に、彩香の目が揺れる。
「俺の方が、諦めが悪いんだ」
大和は、少し照れたように笑った。
「今だって、傷心の彩香につけこもうとしてる」
「……」
「──だから、罪悪感なんて持たなくていい」
大和は、テーブルの上の離婚届に視線を落とした。
「離婚は、一旦保留にしよう」
「大和……」
「もう一度、一緒に過ごしてみたい。ちゃんと話して、けんかもして、……それでも無理なら、その時は俺も受け入れる」
──だから
「もう一度、一から関係を作り直す時間をください」
彩香は黙って大和を見つめた。
十年前の『もしも』。
もしも、あの時、愁を選んでいたら。
その答えを探し続けてきた。
過去をやり直すことはできない。
けれど、これから、新たに始めることはできる。
こらえきれず、彩香の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……ありがとう」
「うん」
「私も……もう一度、ちゃんと大和と向き合ってみたい」
「……本当に?」
大和の声が少し裏返った。
「なんで、そんなに驚いてるの?」
「……絶対、断られると思ってたから」
大和は、照れたように笑った。
「俺から言っといてなんだけど……本当はちょっと自信なかった」
その言葉に、彩香の胸が締め付けられる。
そう思わせるほど、ずっと、ちゃんと大和を見ていなかった。
「……もう一度、チャンスをくれてありがとう」
大和は、ほっとしたように笑った。
「じゃあ、ここから始めよう」
「うん」
すぐに、何もかもが元通りになるわけじゃない。
それでも。
過去にしがみつくのではなく、前に進むために。
彩香は、静かに頷いた。
彩香は、離婚協議中の夫、大和と向き合っていた。
「……ごめんなさい」
彩香は、深く頭を下げた。
「ずっと、中途半端なままで……。大和には、本当に申し訳ないことをしたと思ってる」
「……うん」
「慰謝料とか、この家のこととか。できる限り、大和が納得できる形にするから。何でも言って」
大和は、しばらく黙って彩香を見つめていた。
「……愁さんとは、ちゃんと話せた?」
「……うん」
「決着は、ついた?」
彩香は少しだけ間を置いて、頷いた。
「もう、大丈夫」
彩香の声は穏やかだった。
「過去にしばられずに、ちゃんと前を向いて進んでいく」
それを聞いて、大和は小さく息を吐いた。
「そっか」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
やがて、大和が口を開く。
「じゃあ……もう一度、やり直さない?」
「……え?」
「過去にしばられないって決めたんなら、今度は、ちゃんと俺と向き合ってみない?」
彩香は、戸惑ったように首を横に振った。
「そんな都合のいいこと、できないよ」
「どうして?」
「私は大和を傷つけた。結婚してからも、ずっと別の人のことを忘れられなかった」
「知ってる」
「そんな私を、今さら……」
「俺がいいって言ってる」
大和は、静かに笑った。
「俺、高校の頃からずっと彩香のことが好きだったんだ」
「……え?」
予想していなかった大和の言葉に、彩香は驚いた。
「映像研究部、楽しかったよね?」
「うん……」
「OBも含めて、男女関係なくみんな仲がよくて。卒業してからもなんだかんだで集まってた」
大和は、懐かしそうに笑った。
「だから、言えなかった。あの関係を壊すのが怖くて、言えなかった」
「……知らなかった」
「誰にも言ってなかったからね」
大和は、一度視線を落とした。
「就職で彩香が地元を離れた時、一度は諦めようと思った」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「でも、あの騒動があって、彩香が戻ってきてるって知った時……チャンスだと思った」
彩香は、何も言えなかった。
「正直、あの時は弱ってる彩香につけこんだと思う」
大和は、自嘲するように笑った。
「結婚してからも、彩香の中に、まだ消化できていない思いがあることには気付いてた」
「……」
「それでも、そばにいてほしかった」
「……大和」
「彩香が俺だけをを見てくれる日が、いつか来るんじゃないかって、どこかで期待してた」
──それでも
「愁さんとうまくいくなら、それはそれで仕方ないと思ってた」
彩香が、泣きそうな顔で大和を見る。
「彩香が本当に幸せになれるなら……その時は、ちゃんと応援しようって」
「……」
「でも、愁さんとのことに区切りをつけたなら……だったら、俺は諦めたくない」
その言葉に、彩香の目が揺れる。
「俺の方が、諦めが悪いんだ」
大和は、少し照れたように笑った。
「今だって、傷心の彩香につけこもうとしてる」
「……」
「──だから、罪悪感なんて持たなくていい」
大和は、テーブルの上の離婚届に視線を落とした。
「離婚は、一旦保留にしよう」
「大和……」
「もう一度、一緒に過ごしてみたい。ちゃんと話して、けんかもして、……それでも無理なら、その時は俺も受け入れる」
──だから
「もう一度、一から関係を作り直す時間をください」
彩香は黙って大和を見つめた。
十年前の『もしも』。
もしも、あの時、愁を選んでいたら。
その答えを探し続けてきた。
過去をやり直すことはできない。
けれど、これから、新たに始めることはできる。
こらえきれず、彩香の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……ありがとう」
「うん」
「私も……もう一度、ちゃんと大和と向き合ってみたい」
「……本当に?」
大和の声が少し裏返った。
「なんで、そんなに驚いてるの?」
「……絶対、断られると思ってたから」
大和は、照れたように笑った。
「俺から言っといてなんだけど……本当はちょっと自信なかった」
その言葉に、彩香の胸が締め付けられる。
そう思わせるほど、ずっと、ちゃんと大和を見ていなかった。
「……もう一度、チャンスをくれてありがとう」
大和は、ほっとしたように笑った。
「じゃあ、ここから始めよう」
「うん」
すぐに、何もかもが元通りになるわけじゃない。
それでも。
過去にしがみつくのではなく、前に進むために。
彩香は、静かに頷いた。

