担降りしたはずの推しが、隣に引っ越してきました

翌日から、美咲は少しだけ、愁との距離を意識するようになった。

廊下で会えば、いつも通り笑って挨拶を交わす。

「おはよう」
「おはようございます」

エレベーターで一緒になれば、話をすることもある。

「昨日の6話のオンエア、見ました。」
「本当?ラストの信吾のセリフ、あれで良かったと思う?」

一見、何も変わっていないように見える。
けれど
美咲の中では、確実に何かが変わっていた。

多少気心の知れた隣人であり、
同じドラマを作る仕事仲間であり、
でも、──私の人生最大の推し。

「推しとファンの距離感ってどんなだっだっけ…」

十年前とは違う。幾つもの関係性が重なり合って、考えれば考えるほど正解がわからなくなる。

あの頃の「SYU」 

歌っている姿も
ステージで眩しく笑う姿も
ずっと、遠くから見ているだけの存在だった。

そして、隣人になってから、知った「愁」

ふとした時に見せる、子どもっぽい仕草。
コーヒーを丁寧に入れる横顔。
台本にびっしりと書きこみを重ね、納得するまで役に向き合うところ

そんな姿を見るたびに、「SYU」が少しずつ、ひとりの人間として、近くなっていった。

そして、好きになってしまった。
だから、近づきすぎてはいけない、と思う。
これ以上近づいたら、もっと多くを求めてしまうから。

もっと話したい。
もっと一緒にいたい。
もっと私を見てほしい。

「推し」に対する思いが、形を変えてしまうのが怖かった。

──もう一度、トップを目指す

そう話していた愁の真っ直ぐな瞳を思い出す。
だったら、自分が彼の邪魔をしてはいけない。
十年前のように、愁が何かを失うようなことがあってはいけない。

距離を間違えないように。
近くにいきすぎないように。

必要以上に連絡しない。
仕事のラインを越えて、愁のプライベートに踏み込まない。
ただ、愁が夢を追いかける姿を応援する。

美咲はそう決めた。