担降りしたはずの推しが、隣に引っ越してきました

撮影が終わったのは、深夜近くになってからだった。

「ドラマ、好調だね」
「うん。いい作品に出会わせてもらって、ありがたいと思ってる」
「現場の雰囲気も素敵ね」
「監督も、共演者も、スタッフも、みんなすごい人たちだよ。日々勉強させてもらってる」
「昔より、生き生きしてる」
「昔は違った?」
「楽しそうだったけど、そんなに必死じゃなかった気がする」
「……かも」

しばらく沈黙が流れる。
先に口を開いたのは彩香だった。

「私ね、離婚するの」
「……え?」
「まだ、協議中なんだけど」
「……そうなんだ」

愁は、それ以上どう答えていいかわからず、再び沈黙が流れる。

「大変だね」も、
「頑張って」も違う気がした。
どちらにしても、自分が簡単に口にできることではない。

そんな愁を見て、彩香が小さく笑った。

「そんな顔しないで」

十年前。
愁との関係が報じられたあと、世間から向けられた視線は、想像していた以上に厳しかった。

仕事への影響。
周囲の反応。
グループのこと。
そして、愁のこれからのこと。

あの頃の彩香には、それらすべてを背負ってまで愁の隣に立つ覚悟がなかった。

「仕事を辞めて、しばらく実家に身を寄せてた時にね。主人が訪ねてきてくれたの。高校の先輩で、報道を見て心配してたって」

彩香は、少しだけ視線を落とした。

「インターホンが鳴るのも怖くて、部屋に閉じこもってた私を、強引に外に連れ出してくれた。マスコミが来ても、俺が守るからって」

彩香は苦しそうに笑った。

「だから、逃げたの──愁と一緒にいるためなら、何を言われてもいいって。そう思えるほど、強くなかった」
「……うん」
「だから、優しくしてくれた彼に逃げたの」

でも──
一呼吸おいて、彩香が続ける。

「うまくいかなかった」
「……」
「結婚してからも、ずっと考えてた。もし、あのとき……私が、愁を選んでたらって」

その言葉に、愁がわずかに眉を寄せる。

「今なら。──今なら、違う選択ができると思う」