その青は沈む

 あの夏の終わりから、少し時を戻して、春の日差しが強くなった頃。

 僕はアルバムを作りたくなって、歌詞を何枚か書いてから、彼のスタジオへ行った。受付には彼女がいて、そこだけ輝いて見えた。けど……、様子が変だ。少し探ってみよう。

「おはよ、柚月ちゃん」

「……おはよう、ございます……」と彼女は言ったけど、声も姿もどんよりしてた。

「どうしたの……? なにか悩み事?」

「いえ……ただの寝不足です……」

『完全に目がどっか行ってる……』と思ったけど、なんだか腑に落ちない。だって、春先に彼は彼女と住むと言って、とても強引だったけど、二人とも幸せそうだった。なのに……。

『これ、聞いちゃダメなやつだ』と、すぐに思った。余裕のない男だし、当然……、いや、これ以上は想像しないほうがいい。僕のダメージが大きすぎる。でも、目の前の彼女を見過ごすわけにはいかないし、ここは悩みどころだ。

「柚月ちゃん、お昼、一緒に、どう?」
『よし、言えた』と思ったけど、彼女に効果はないようだ。完全に上の空だった。あいつ、何かやらかしたかと考えて、個室へ行った。

「佐伯、何やった……」

「なんだ」

 そこには僕が初めて出会った日の、あの姿があった。

 ソファーに腰掛けて、前を見たまま腕を組んでる。これは話しかけたら、絶対海に沈むやつだ。違うことで切り抜けるしかない。

「……歌詞を書いてきたから、見てもらえたら、うれしいなぁ、なんて……」言いながら、彼のほうをちらちらと見て、テーブルの上へファイルを置いた。

 けど、彼はファイルを一瞥してから、また前を見た。そして、すぐにポケットから車の鍵を出して、僕のほうへ投げた。

「悪い、柚月を家まで送ってくれ」彼は言ったあとで、煙草を吸った。

「いや、でも僕、人の車はちょっと……」そう言ったけど、内心は『そこじゃないだろ』と思ってた。

「じゃあ、タクシーでいい」少し声を荒げて、大きな息を吐いた。

 なにやら不穏な雰囲気。ここはいったん引き下がって、明日、いや、違う日のほうがいい。そう考えて、受付に行ったら、彼女が受付周りを掃除していた。

「柚月ちゃん、佐伯が帰っていいって言ってたから、送ってくよ」そう言った時、彼女は少し怒ったような顔をした。

「承知しました。すぐ行きますので」
 なんだか、泣きそうな声に聞こえた気がする。それに言葉遣いも変わってるし、やっぱり何かあったのかもしれない。