君のとなり〜拓実と〜

 試験前日。

 新幹線を降りると、私は駅の人波の中を歩いた。

 インターハイのときにも、ここへ来た。

 あのときは、新体操のためだった。

 今度は、自分の未来のため。

 そう思うと、同じ場所なのに、少し違って見えた。

 そして――。

 この街には、拓実がいる。

 そう思っただけで、胸の奥がふっと軽くなる。

 今日は明日の試験に集中しよう。

 そう決めて、私はホテルへ向かった。

 部屋に入ると、静けさが広がった。

 窓の外には、夕暮れの街。

 明日は、ここで試験を受ける。

 そう思うと、さっきまでとは違う緊張が胸に広がった。

 私はスマートフォンを手に取る。

 拓実に連絡した。

『拓実、今何してる?』

 少しして、返信が来る。

『今、家。瑠夏は?』

『ホテルだよ』

『そっか』

 すると、

『ちゃんとごはん食べた?』

 と届いた。

 思わず笑ってしまう。

『うん、食べたよ』

『何食べた?』

『お好み焼き』

 既読がつく。

 少し間があって――。

『……え?』

 続けて、

『関西?』

「……ふふっ」

 思わず声が漏れる。

 違うよ。

 そう返そうとして、指が止まる。

 大学のことは、まだ秘密。

 だから、今は言わない。

 拓実は、きっと考えている。

 もしかしたら、関西の大学なのかもしれない。

 だから大学名を教えてくれなかったのかもしれない。

 そうだとしたら――。

 今より、もっと遠くなる。

 そんなことまで考えているのかもしれない。

 少しだけ胸が痛んだ。

 でも、もう少しだけ。

 この秘密を大切にしていたかった。

『明日、頑張ってくるね』

『うん』

『終わったら連絡して』

『うん』

 画面を閉じる。

 さっきまでの緊張が、少しだけ和らいでいた。

 私はベッドに横になる。

 明日は、自分の力を出そう。

 そう思いながら、目を閉じた。

 翌朝。

 カーテンを開けると、朝の光が差し込んだ。

 私は身支度を整え、ホテルを出た。

 試験会場へ向かう。

 駅から続く道には、同じように受験生らしい人たちが歩いていた。

 参考書を手にしている人。

 友達と話している人。

 ひとりで静かに歩いている人。

 みんな、それぞれの思いを抱えている。

 私も、その中のひとりだった。

 会場に入り、席に着く。

 教室の中は、まだ小さな話し声で満ちていた。

 けれど、開始時間が近づくにつれて、少しずつ静かになっていく。

 私は机の上に手を置いた。

 大丈夫。

 ここまでやってきた。

 そう思っても、胸の鼓動は少し速い。

 私はそっと、胸ポケットに手を当てた。

 指先に、小さなお守りの感触。

 初詣の日、拓実が私のために選んでくれたもの。

 その向こうに――。

 小さな拓実が、ここにいるような気がした。

「……大丈夫」

 そっと手を離す。

 開始の合図が響いた。

 私は問題用紙をめくった。

 問題に目を落とす。

 知っている。

 そう思った瞬間、ほんの少しだけ口元が緩んだ。

 ペンを走らせる。

 ひとつずつ。

 焦らない。

 分からない問題はいったん飛ばす。

 時計を見る。

 まだ時間はある。

 気づけば、周りの音が耳に入らなくなっていた。

 目の前の問題だけに向き合う。

 そうしているうちに、時間が過ぎていった。

「終了してください」

 その声に、私はペンを置いた。

 ゆっくり息を吐く。

 答案を提出して、教室を出る。

 外へ出ると、空は夕暮れの色に染まっていた。

 冷たい風が頬を撫でる。

 私は空を見上げた。

「……終わった」

 小さく笑う。

 ここまで来た。

 最後まで、やった。

 あとは、結果を待つだけ。

 スマートフォンを見る。

 拓実からメッセージが届いていた。

『終わった?』

 私はすぐに返す。

『うん。終わったよ』

『お疲れ』

『ありがとう』

 短いやり取り。

 でも、それだけで嬉しかった。

 帰りの新幹線。

 窓の外を流れていく景色を眺める。

 昨日、この街に来た。

 拓実には会わなかった。

 でも、それでよかった。

 私は、自分で決めた道を歩いている。

 そう思うと、胸の奥に静かな自信が生まれていた。

 私はシートに身体を預け、窓の外を眺める。

 この先、どんな景色が待っているんだろう。

 まだ知らない毎日を想像すると、自然と笑みがこぼれた。

 新幹線は、流れていく景色の向こうへ、静かに走り続けていた。