君のとなり〜拓実と〜

 十月。

 朝から、雲ひとつない青空が広がっていた。

 校庭には色とりどりの旗が並び、生徒たちの声が響いている。

「瑠夏、早く! 次、始まるよ!」

「待ってー!」

 友達に呼ばれて、私は笑いながら駆け出した。

「もう、早く行こう!」

「うん!」

 みんなで笑う。

 綱引きに、玉入れ。

 クラスのみんなと声を合わせて応援して、競技が終われば笑い合う。

 勝って喜んで、負けて悔しがって。

 そんな時間が、今日はいつも以上に楽しかった。

 高校最後の体育祭。

 そう思うと、少しだけ寂しい。

 でも――

 今日は、そんなことを考えたくなかった。

 最後だからこそ。

 思いきり楽しみたかった。

「瑠夏ー! 次、応援行こう!」

「うん!」

 友達と一緒に走り出す。

 校庭には、まだまだ大きな歓声が響いていた。

 そして――

 最後の種目。

 クラス対抗四百メートルリレー。

 私はスタート地点へ目を向けた。

 アンカーのところに、翔がいる。

「翔くーん!」

 思いきり手を振る。

「頑張ってー!」

 翔がこちらを見る。

 一瞬だけ目が合って、翔が笑った。

 ピストルの音が鳴り響く。

 一人目が走り出す。

 バトンが渡る。

 また渡る。

 順位が何度も入れ替わる。

「頑張れー!」

「いけー!」

 そして、最後のバトンが翔へ渡った。

「翔くん!」

 私は夢中で叫んだ。

 翔が走り出す。

 前を走る選手との距離を、一気に縮めていく。

「頑張ってー!」

 最後の直線。

 翔が一人を抜いた。

 そのまま――

 ゴール。

「やったー!」

 翔のクラスが一位になった。

 歓声が一気に大きくなる。

 翔は仲間たちに囲まれ、肩を叩かれながら笑っていた。

 私も思わず笑顔になる。

 去年は、翔と拓実がアンカーで競った。

 あのときは、二人の走りから目が離せなかった。

 今年は、翔ひとり。

 私はただ、翔の頑張りを嬉しく思いながら、拍手を送った。

 閉会式が終わる。

 校庭から少しずつ人が減っていく。

「瑠夏、帰ろう!」

「うん!」

 友達と一緒に荷物をまとめる。

 昇降口を出たところで、友達が手を振った。

「じゃあ、また来週ね!」

「うん。また来週!」

 私も手を振り返す。

 友達と別れ、ひとりで歩き出した。

 すると――

「あの……」

 後ろから声をかけられた。

 振り返ると、同じ学年の男の子が立っていた。

「あの……ハチマキ、交換しない?」

 差し出されたハチマキを見る。

 私は少しだけ驚いて、それから首を横に振った。

「ごめんね」

 そして、笑って伝える。

「大切な人がいるの」

「……そっか」

 男の子は少しだけ目を伏せた。

「……やっぱり、いるんだ」

「うん」

「そっか。……ごめん、困らせたよね」

「そんなことないよ」

「ありがとう」

 そう言って、少し寂しそうに笑った。

「じゃあね」

「うん。じゃあね」

 男の子と別れる。

 私は再び歩き出した。

 そのとき。

 少し離れたところに、翔の姿が見えた。

 翔の前に、ひとりの女の子が立っている。

 手には、ハチマキ。

 何かを話している。

 そして――

 女の子が、そのハチマキを翔へ差し出した。

 私は、足を止めた。

 一瞬だけ、二人を見る。

 翔がどうするのか。

 受け取るのか。

 断るのか。

 私は知らない。

 知らなくていい。

 私は静かに前を向いた。

 そして、そのまま歩き出す。

 ――翔。

 幸せになってね。

 もう、振り返らなかった。

 校門を出る。

 秋の風が、ふわりと頬を撫でた。

 高校最後の体育祭。

 今日は、いっぱい笑った。

 友達と騒いで。

 声が枯れるくらい応援して。

 最後まで、思いきり楽しんだ。

 きっと、忘れない。

 私の高校生活に残る、大切な一日。

 私は青空を見上げて、そっと笑った。