君のとなり〜拓実と〜

 高校生活の集大成となる、夏の大会が始まった。

市内大会、県大会と、順調に勝ち上がっていく。

そして――

いよいよ明日は、ブロック大会。

ここを勝ち抜けば、インターハイ。

早めに寝ようと思ってベッドに入ったものの、なかなか寝付けなかった。

「はぁ……眠れない」

何度寝返りを打っても、目が冴えてしまう。

そんなとき、スマホが震えた。

拓実からだった。

『明日、大会だったよね』

『応援に行けなくてごめんな』

『遠くからだけど、瑠夏が全力を出せるように祈ってる』

『頑張れ』

その言葉と一緒に、写真が一枚送られてきた。

そこに写っていたのは――クマのぬいぐるみ。

左手首には、リボン結びのハチマキ。

「……え?」

私は思わず、自分の枕元を見る。

そこにも、同じクマのぬいぐるみ。

しかも――

左手首には、私が結んだリボン。

「……ふふっ」

思わず笑ってしまった。

私はクマを手に取る。

そして、写真を撮った。

私のクマにも、左手首にリボン結びのハチマキ。

さらに首には、シルバーのネクタイ。

『私もだよ』

写真を送る。

すぐに既読がついた。

『……同じじゃん』

『え?』

『クマ』

『拓実も?』

『うん』

『……ふふっ』

『ふふっ』

二人で同じことをしていたことがおかしくて、また笑ってしまう。

離れているのに。

同じクマに、同じようにハチマキを結んでいる。

「……なんか、おかしいね」

『うん』

それだけで、胸が少し軽くなった。

私はクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

今夜は、この子と一緒に眠ろう。

拓実からの応援を胸に――。

「おやすみ、拓実」

『おやすみ、瑠夏』

スマホを置いて、クマを抱きしめる。

明日は、大丈夫。

そんな気がした。



翌朝。

ブロック大会へ向かう道中。

私は――

緊張を通り越して、少しおかしくなっていた。

「ねえ……」

隣にいる部員に話しかける。

「フープにカバー付けるとさ……」

「うん?」

「……おっきな缶のパイナップルに見えない?」

「…………はぁ?」

「ほら。缶詰のパイナップル」

「何言ってんの?」

みんなの視線が集まる。

顧問まで振り返った。

「瑠夏、大丈夫か?」

「……うん」

「魂戻ってこい」

「え?」

次の瞬間。

部員たちが一斉に笑い出した。

「瑠夏、緊張しすぎ!」

「大丈夫、大丈夫!」

「本番前に壊れないでよ!」

笑い声に包まれて、私もようやく笑った。

緊張している。

怖い。

でも――

ここまで来た。

会場に到着すると、その大きさに圧倒された。

観客席。

選手たち。

張り詰めた空気。

ここにいる誰もが、インターハイを目指している。

私だって同じ。

クラブのコーチが言ってくれた。

――この構成なら、インターハイも狙える。

その言葉を信じて。

ここまで頑張ってきた自分を信じて。

私は、今できる精一杯の演技をする。

音楽が始まった。

緊張で身体が強張りそうになる。

それでも、一つずつ動きを繋いでいく。

途中、多少のミスはあった。

一瞬、焦った。

それでも、止まらない。

最後まで――。

音楽が終わった。

演技を終えた瞬間、全身から力が抜けた。

完璧じゃなかった。

でも、今の私にできることは、全部やった。

あとは、祈るしかない。

結果発表。

一人ずつ、名前が読み上げられていく。

私は息を止めた。

そして――

インターハイ進出者の中に、自分の名前があった。

「……やった」

声にならない。

胸がいっぱいになる。

嬉しい。

本当に、嬉しい。

インターハイに行ける。

そして――

今年の開催地は、関東。

拓実がいる場所。

「……拓実に会える」

そう思った瞬間、胸が高鳴った。



その日の夜。

俺はアルバイトを終え、スマホを確認した。

瑠夏からメールが一件。

『拓実、大事な話があるの』

――大事な話?

その一文を、何度も読み返した。

何だ?

こんな時間に。

何かあったのか?

今日、大会だったよな。

まさか、怪我でもした?

胸の奥がざわつく。

すぐに返信する。

『大事な話って何?』

送信。

返事を待つ。

……来ない。

スマホを握ったまま、もう一度画面を見る。

まだ来ない。

数分しか経っていない。

分かっている。

分かっているのに――

嫌な想像ばかりが浮かんでくる。

大会で何かあったのか。

体調を崩した?

それとも――

俺に言いにくいこと?

スマホを持つ手に、力が入る。

もう一度、画面を見る。

何も変わっていない。

「……瑠夏」

思わず名前がこぼれた。

お願いだから、何かあったなんて言わないでくれ。

やっと、次に会える日を約束したのに。

やっと、少しだけ寂しくなくなってきたと思っていたのに。

そのとき、スマホが震えた。

瑠夏からだった。

『あのね、夏休みに帰ってくるって約束、守らなくていいよ』

――え?

指先が、ぴくっと震えた。

何度読み返しても、同じ言葉。

約束を――守らなくていい?

手が震える。

スマホを落としそうになって、慌てて握り直した。

「……なんで?」

声が掠れる。

どういうことだ?

俺、何かした?

瑠夏を傷つけた?

それとも――

もう、俺に会いたくない?

考えたくもない言葉が、頭の中に浮かぶ。

胸が苦しい。

『なんで?』

震える指で打つ。

『どういうこと?』

送信。

すぐに返事が欲しい。

なのに、来ない。

「瑠夏……」

スマホを握る手が、さらに震える。

電話をかけようか。

でも、怖い。

電話に出た瑠夏から、聞きたくない言葉を聞くのが怖かった。

そんな不安の中で、スマホがまた震えた。

『私、インターハイ出場が決まったの』

「……え?」

インターハイ?

頭の中が追いつかない。

そして、次のメール。

『だから――』

一瞬、画面を見つめる。

続けて、もう一通。

『私が関東に行くよ』

「…………」

しばらく、画面を見つめた。

やがて。

その意味が、ゆっくり胸に染み込んでくる。

……そういうことか。

帰ってこなくていい。

だって――

瑠夏が、俺のいる関東へ来てくれる。

「……なんだよ」

全身から力が抜けた。

安堵した途端、笑いが込み上げてくる。

「……びっくりさせんなよ」

さっきまで震えていた手で、スマホを握り直す。

今度は、嬉しくて手が震えそうだった。

俺は、すぐに電話をかけた。

『もしもし?』

「瑠夏……」

声を聞いた瞬間、胸がいっぱいになる。

「……本当に心配した」

『ごめんね』

「手、震えたんだから」

『え……?』

「大事な話があるって言われて」

「そのあと、約束守らなくていいなんて言われたら……」

言葉が詰まる。

「……もう、二度とそんなこと言わないで」

『ごめん……』

「……でも」

声が自然と柔らかくなる。

「インターハイ出場、おめでとう」

『ありがとう』

「頑張ったな、瑠夏」

『うん』

「それで……関東に来るんだ?」

『うん』

「俺に会いに?」

電話の向こうが、少し静かになる。

『……うん』

その一言だけで、胸が熱くなった。

「……嬉しい」

『私も』

「夏休みには帰るつもりだったけど」

少し笑う。

「帰らなくていいって言われたのに、こんなに嬉しいの初めてだ」

『ふふっ』

「だって、瑠夏が来てくれるんだろ?」

『うん』

「じゃあ――」

自然と声が弾む。

「今度は俺が待ってる」

『約束ね』

「ああ、約束」

「関東で、絶対会おう」

『うん』

「会ったら……」

一瞬、言葉を止める。

「いっぱい抱きしめる」

電話の向こうで、瑠夏が小さく息を呑んだ。

『……私も』

その声が、たまらなく愛しかった。

さっきまでの不安なんて、もうどこにもない。

ただ――

早く会いたい。

それだけだった。

夏が来るのが、待ち遠しい。

今度は――

瑠夏が、俺のいる場所へ来てくれる。