君のとなり〜拓実と〜

 青葉カップ当日。

去年と同じ大会。

でも、私の気持ちは去年とは違っていた。

去年は、ボールを落とした。

あの瞬間の悔しさは、今でも覚えている。

だから――今年こそ。

絶対に優勝したい。

大会が始まり、私は出番を待っていた。

緊張で、手のひらが少し汗ばんでいる。

大丈夫。

そう自分に言い聞かせても、心臓は速いままだった。

そのとき――

ふと、客席を見る。

いた。

拓実がいた。

目が合う。

拓実が、私に向かって小さく頷いた。

それだけだった。

なのに、不思議なくらい身体の力が抜けていく。

大丈夫。

拓実が見ていてくれる。

私は深く息を吸った。

名前を呼ばれる。

演技が始まる。

音楽が流れる。

身体が、音楽に合わせて動き出す。

腕を大きく伸ばす。

長い手足をしなやかに使い、ひとつひとつの動きを繋げていく。

ボールを転がす。

身体の上を滑らせる。

そして、高く投げる。

ボールが宙を舞う。

その下をくぐり抜けるように身体を回転させ、再び手の中へ。

次の動きへ。

さらに大きく跳ぶ。

脚を左右へ大きく開く。

180度を超える開脚ジャンプ。

空中で伸びきった身体が、音楽の一部になる。

着地。

そのまま流れるように身体を回し、ボールを受け取る。

まるで――

ボールが意思を持って、私と一緒に踊っているみたいだった。

転がる。

跳ねる。

宙を舞う。

そして私も、その動きに合わせるように身体を動かす。

ひとつひとつの技を繋ぎながら、演技は終盤へ向かっていく。

そして――

最後の大きな投げ。

ボールを高く、高く放り上げる。

その瞬間。

去年の記憶が、一瞬だけ蘇った。

――落とした。

あの悔しさ。

あの涙。

でも。

今年は違う。

私は片脚を軸にして、もう一方の脚を後ろへ大きく引き上げる。

アチチュード。

身体をしなやかに伸ばしながら、視線は前へ。

ボールは私の背後へ落ちてくる。

一瞬。

ほんの一瞬だけ、怖くなる。

でも――

大丈夫。

拓実が見ている。

私は手を後ろへ伸ばす。

そして――

ぱしっ。

背面で、ボールをキャッチした。

成功。

客席から、大きな拍手が沸き起こる。

その中で、拓実が立ち上がっている。

笑っている。

私に向かって、何度も頷いている。

その姿が見えた瞬間、胸の奥が熱くなった。

まだ終わりじゃない。

最後のポーズへ。

身体を止める。

音楽が終わる。

一瞬の静寂。

そして――

大きな拍手。

私はゆっくり息を吐いた。

終わった。

やり切った。

去年、落としたボール。

今年は、最後まで離さなかった。

結果発表を待つ。

胸がドキドキする。

そして――

「優勝は――」

名前が呼ばれた。

「……え?」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

私?

優勝……?

去年は二位だった。

今年は――

優勝。

「……やった……」

涙が溢れた。

嬉しい。

悔しくて泣いた去年とは違う。

今年は、嬉しくて泣いている。

表彰を終えると、私は真っ先に拓実のところへ向かった。

「拓実!」

「瑠夏、おめでとう」

「……優勝した」

「うん。ちゃんと見てた」

その言葉を聞いた瞬間、涙がまた溢れてくる。

「拓実のおかげだよ」

「俺?」

「うん。拓実がいてくれたから、緊張がとけたの」

拓実が、優しく笑った。

「そっか」

そして、私の頭をそっと撫でる。

「じゃあ、帰ってきてよかった」

「うん……」

「去年、悔しかったもんな」

「うん。すごく悔しかった」

「でも今年は、ちゃんとリベンジできたな」

「うん」

「瑠夏が一年間、頑張ったからだよ」

その言葉に、胸がいっぱいになる。

「でも……拓実が見ててくれたから」

「じゃあ、これからもずっと見てる」

「……ずっと?」

「うん。瑠夏が頑張ってるところも、笑ってるところも」

拓実が私の手を握る。

「全部、見てたい」

胸が、きゅっと締めつけられた。

離れていた時間。

会えなかった寂しさ。

全部、この瞬間のためだったみたいに思える。

「……拓実」

「ん?」

「今日、来てくれてありがとう」

「当たり前だろ」

そう言って、拓実は笑った。

「瑠夏の大事な大会なんだから」

その言葉に、また涙が出そうになる。

去年は、悔し涙。

今年は――

拓実の隣で、嬉し涙。

私は笑いながら、拓実の手をぎゅっと握った。

「……大好き」

「俺も」

離れていても。

会えない日があっても。

私たちは、ちゃんと繋がっている。

そして今日。

私は、去年の自分に勝った。

青葉カップ――優勝。

最高のリベンジだった。