君のとなり〜拓実と〜

拓実が関東へ行ってから、しばらく経った。

毎日は、思っていた以上に忙しかった。

朝、目を覚ます。

制服に着替えて、学校へ行く。

授業を受けて、放課後になれば新体操部へ向かう。

そして部活が終わったあと――私は、小学生の頃に通っていた新体操クラブへ向かった。

夏の大会までの期間限定で、指導を受けさせてもらうことになったのだ。

「久しぶりね、瑠夏ちゃん」

懐かしい先生の笑顔。

「はい。よろしくお願いします」

久しぶりに触れるクラブの床。

小学生の頃、何度も何度も練習した場所。

手具を持つ。

身体を動かす。

音楽が流れる。

投げる。

受ける。

回る。

跳ぶ。

考える暇なんてないくらい、身体を動かした。

それでいい。

今は、それでいい。

忙しくしていれば。

新体操に集中していれば。

拓実のことを考えずにいられる。

そう思っていた。

学校。

部活。

新体操クラブ。

勉強。

毎日、時間が足りないくらいだった。

それでも――夜になると、どうしても拓実を思い出してしまう。

家に帰る頃には、身体はクタクタ。

お風呂に入って、机に向かって。

気がつけば、時計の針は深夜を回っている。

「……眠い」

ベッドに倒れ込む。

これだけ疲れていれば、きっとすぐ眠れる。

そう思った。

なのに。

布団に入って、部屋の明かりを消した瞬間。

静寂が訪れる。

そこで初めて気づく。

今日、一度も拓実のことを考えないようにしていたことに。

スマホを手に取る。

画面を見る。

拓実とのメール。

最後に届いたメッセージ。

何度も読み返した言葉。

『瑠夏、笑って』

『愛してる』

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

「……毎日、するって言ったのに」

責めたいわけじゃない。

ただ、声が聞きたかった。

「……会いたい」

ぽつりと呟いた瞬間。

目の奥が熱くなった。

涙が一粒、頬を伝う。

拭っても、また溢れてくる。

「……やだ……」

「……拓実」

小さく名前を呼ぶ。

返事はない。

当たり前なのに。

それが、たまらなく寂しい。

卒業式までは、当たり前のように会えていた。

顔を見て。

声を聞いて。

隣にいて。

手を繋いで。

それが突然、全部なくなった。

離れている。

ただ、それだけなのに。

こんなにも遠く感じる。

泣きたくない。

拓実は頑張っている。

新しい場所で、新しい生活を始めている。

私だって、頑張らなくちゃ。

そう思っているのに。

夜になると。

拓実のことを思い出してしまう。

笑った顔。

優しい声。

私の名前を呼ぶ声。

最後に見た、新幹線の窓越しの笑顔。

「……拓実……」

声が震える。

私は枕に顔を埋めた。

昼間は、どれだけ忙しくしていても平気だった。

新体操をしている間は、忘れられた。

勉強をしている間も、大丈夫だった。

でも――眠る前だけは。

どうしても無理だった。

会いたい。

声が聞きたい。

触れたい。

抱きしめてほしい。

そんな気持ちが、次から次へと溢れてくる。

涙で濡れた頬を、枕に押しつける。

「……拓実、大好き」

誰にも聞こえない部屋の中で。

私は、何度も拓実の名前を呼んだ。

そして涙を流しながら――

いつの間にか眠りについた。