君のとなり〜拓実と〜

 バレンタインデー。

 今日は、拓実が明日の試験のために、関東へ向かう日。

 私は、拓実を見送るために新幹線の駅まで来ていた。

「寒いね」

「うん」

 吐く息が白くなる。

 拓実はいつもと変わらないように見えるけれど、明日が試験だと思うと、私まで少し緊張する。

「ちゃんと寝た?」

「寝たよ」

「勉強しすぎてない?」

「大丈夫」

「そっか」

 そんな何気ない会話をしながら、二人でホームを歩く。

 もうすぐ、拓実の乗る新幹線が来る。

 私は、自分の首元に巻いていたマフラーに触れた。

「拓実」

「ん?」

「これ……使って」

 マフラーを外して、拓実の首に巻く。

「え?」

「明日、寒いかもしれないから」

 拓実が、自分の首元に巻かれたマフラーを見る。

「これ、瑠夏のだろ?」

「うん」

「いいの?」

「試験が終わるまで貸してあげる」

 拓実が少し笑った。

「ありがとう」

 その声が優しい。

 私はマフラーの端を整える。

「これで大丈夫」

「瑠夏が巻いてくれたから、これで絶対大丈夫だな」

「……ふふ」

 思わず笑ってしまう。

 すると、拓実が私の顔を見つめた。

「何?」

「いや……今日も可愛いなって思って」

「……急に言わないでよ」

「本当のことだから」

 また頬が熱くなる。

 私は照れ隠しに、鞄の中へ手を入れた。

「あ、これも」

 小さな袋を取り出す。

「はい」

「?」

「バレンタイン」

 拓実が目を丸くする。

「チョコ?」

「うん」

「ありがとう」

 受け取った拓実が、嬉しそうに笑う。

「嬉しい」

「試験前だから、食べすぎないでね」

「分かってる」

「ちゃんと少しずつ食べて」

「はい」

「……ふふ」

 いつもの拓実とのやり取り。

 それだけで、胸が温かくなる。

 そのとき、新幹線がホームへ入ってきた。

「来た」

「うん」

 拓実が荷物を持ち直す。

 いよいよだ。

「瑠夏」

「ん?」

「明日、頑張ってくる」

「うん」

「応援してて」

「もちろん」

 私は笑って頷いた。

「拓実なら大丈夫」

「そう言ってもらえると、頑張れる」

 拓実が、そっと私の手を握る。

「終わったら、連絡する」

「うん。待ってる」

 指が離れる。

 拓実が新幹線へ向かう。

 乗り込む直前、拓実が振り返った。

「瑠夏」

「うん?」

「マフラー、ちゃんと返すから」

「……うん」

「それまで、俺が預かってる」

 拓実が笑う。

「大切にする」

 その言葉に、胸がきゅっとなる。

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

 ドアが閉まる。

 新幹線が、ゆっくりと動き始めた。

 窓越しに、拓実が手を振っている。

 私も手を振り返す。

 少しずつ遠ざかっていく姿。

 首元には、私のマフラー。

 そして鞄の中には、私が渡したチョコ。

 それだけで、少しだけ安心できた。

 新幹線が見えなくなるまで、私はその場に立っていた。

 寂しい。

 やっぱり、寂しい。

 だけど――。

 今は、泣かない。

 拓実が頑張る日。

 私も笑顔で送り出すって決めたから。

「頑張ってね、拓実」

 小さく呟く。

 冷たい風が吹く。

 私はマフラーのなくなった首元をそっと押さえた。

 そして、拓実が向かった先を見つめながら、静かに笑った。