追放聖女の帰還

 サーシャの自宅の庭には、ニワトリをこよなく愛するアズレイトの元部下が出迎えてくれたいた。

 彼はアズレイトから任を解かれた後、ふもとの村に住み毎日サーシャのニワトリの世話を続けてくれていた。

「おかえりなさいませ、サーシャ様。この子たちも喜んでおります」

 二年ぶりに再会したニワトリは、コッココッコと鳴きながら雑草を食んでいてサーシャのことなど見向きもしない。

 喜んでいるというより塩対応されたサーシャだが、ニワトリのいつも通りの反応がとても嬉しい。

「長い間、お世話をありがとうございました」

 馬上からサーシャが礼を伝えれば、元騎士は照れくさそうな笑みを浮かべて再びニワトリの世話を再開する。

 そんなほのぼのとした光景を見ながら、アズレイトは馬を降りる。

「さぁ、サーシャさま降ろしますよ」
「はい。お願いします」

 腰に手を回されたサーシャは、ごく自然にアズレイトの首に手を回す。

 そっと地面に下ろされると、今度はどちらからともなく指を絡ませて玄関へと向かう。もうアズレイトは女性をエスコートしなければならない身分ではなくなったのだ。

 出会ってすぐの頃、サーシャはアズレイトがエスコートしようとするたびに「子供扱いするな」と憤慨していたのに、今ではアズレイトと手を繋ぐだけで頬が熱くなってしまう。

 自分に触れる彼の手が、あまりに優しく丁寧で、宝物のように扱われているようで、モジモジしてしまう。

 手にしているカップをうっかり落とさないよう、サーシャは歩くことに全神経を注ぐ。たった10歩の距離が果てしなく遠い。

 ゆっくりと歩くサーシャの歩調に合わせて玄関まで到着したアズレイトは、片手で扉を開ける。村人の誰かが油を差してくれたのだろう。滑らかに開いたそれは、不快な音はしなかった。

「サーシャさま、お帰りなさい」

 アズレイトは手を繋いだまま、サーシャに微笑みかえる。

「アズも、お帰りなさい」

 同じくサーシャも、アズレイトに笑みを返す。

 そして同時に「ただいま」と言って、握る手の力を強くする。もう、ここはアズレイトの家でもあるのだ。

「アズレイトさまー、サーシャさまー、お荷物はどこに置きましょうかぁー」

 庭の木に馬を繋いだ元騎士達は、荷物を下ろしながら声を張り上げる。この膨大な荷物があばら家に入りきるか不安そうな表情で。

 サーシャも同じ気持ちではいるが、一先ず玄関の空いているスペースを指差して、そこに置いてもらうようお願いする。

 絶対にはみ出すことはわかっているが、しばらくの間は晴天が続きそうなので、ゆっくり片付けていけばいい。明日も明後日も、これから先サーシャには時間はいくらでもある。

 一方、指示を受けた元騎士達は、てきぱきと荷物を運び込んでいく。そんな彼らにサーシャは一人一人に丁寧に礼を言ってから、お茶の準備を始めることにする。

 約束したハチミツ入りのお茶を、皆と一緒に飲むために。

「サーシャさま、手伝います」

 キッチンにサーシャが立った途端、アズレイトもついてくる。

 そしてもうずっとここに住んでいるかのように、自然な動作で棚にある茶葉の缶を手にして、サーシャに差し出した。

「あ、ありがとうございま──」

 ヤカンに火をかけたサーシャは缶を受け取ろうとしたけれど、なぜかアズレイトに腕を掴まれてしまった。

「どうしたの?アズ……っ……!?」

 あろうことかアズレイトは、元騎士達がせっせと荷物運びをしている中、サーシャに口づけをしたのだ。

 触れ合うだけの軽いものだったが、バッチリ目撃してしまった元騎士達は、秒より早い速度で目を逸らした。

 でも不意を突かれたサーシャが、真っ赤になってしまうのは当然だ。

 それなのにアズレイトは謝罪するどころか、やれやれといった感じで苦笑を浮かべた。

「サーシャさま、こんな程度で恥ずかしがらないでください。これからは手加減なしでやらせていただきますから。お覚悟を」

 これまでずっと我慢していたアズレイトは、もうそれを止めると宣言した。

 それを受けたサーシャは「……っう……ぅあ……ううっ」としゃがみこんだまま、言葉にならない呻き声をあげることしかできない。

 そんな二人のやりとりを元騎士達は見ないようにして、庭へと移動した。彼らは任を解かれても、心の主君はこの先もずっとアズレイトだけなのだ。

 賑やかだった部屋は、一瞬にして静寂に包まれる。

 扉がきちんと閉じたのを確認したアズレイトは、膝を突いてサーシャの顔を覗き込んだ。目を潤ませ、ワタワタしている姿が可愛くてたまらない。
 
「……サーシャさま」
「ぅう……うう……は、はい」
「サーシャさま」
「は、はい……なんですか?アズ」
「サーシャ」
「ぅあ、はい!」

 急に声音が変わったアズレイトに、サーシャは弾かれたように顔を上げる。

 目が合った途端、彼は幸せを形にしたような笑みをこちらに向け、ありきたりで一番胸に響く一言を紡いだ。






「愛しています」


 ◆◇おわり◆◇