交際ゼロ日からの、契約結婚

 それから数日間、考えに考え抜いて──菜穂子は真澄との向き合い方について結論を出した。

 けれど、それを真澄に伝えたくても、相変わらず彼は逃げまくっている。

 とはいえ、完全に無視されているわけではない。スマホから「元気?」とメッセージを送れば、素っ気なく「元気だ」と返事が来る。

 しかし「話がしたいから、ちょっとだけでも時間がほしい」とメッセージを送ると、以上に返信が遅いし「忙しいから、また今度」と判を押したような文面しか送られてこない。

 それでも根気強く、菜穂子は真澄と会えない日々の中、メッセージを送り続けていたが何の発展もない。

 いい加減、心が折れそうになった7月の始め。菜穂子の実家である早波家でが起こったのを機に、菜穂子はもう強硬手段に出ることにした。

*

 国内線、第一ターミナルの到着出口。

 菜穂子は腕を組んで、お目当ての飛行機が到着するのを待っている。

 天気は良好。遅延・欠航情報は、公式サイトには記載されてない。

「……あと、5分か」

 スマホで時刻を確認した菜穂子は、ふぅっと息を吐く。

 絶対に取り逃がしたくないから、もうかれこれ1時間以上、到着出口を張り込んでいる。なんだか刑事にでもなったみたいだ。

 無駄に緊張している菜穂子は、こんなことを日頃からやってる刑事は凄いなと感心する。正直自分は、こういうことは今日限りにしたい。

「だから、絶対に確保してやるっ」

 ふんすっと菜穂子が鼻息を荒くしたと同時に、お目当ての飛行機が定刻通り到着したことを報せるアナウンスが響いた。

 書類カバンを持ったビジネスマンや、キャリーバックを引いて歩く男女が、吐き出されるように到着出口から姿を現わす。

 通行人の邪魔とわかりつつ、菜穂子は出口前を陣取り、すれ違う人の顔をチェックする。

 でも、目を皿のようにして探す必要なんてなかった。沢山の人に埋もれていても、彼の姿だけはすぐに見つけることができたから。

「まあ君、久しぶり。元気そうでなにより!」

 アタッシュケースを持って早足で出てきた真澄の前に立ちふさがった菜穂子は、ひょいと片手を上げる。

「……菜穂……ちゃん?」

 なんで、ここに?と言いたげな真澄に、菜穂子はニヤリと意地悪く笑った。

「預言者(瑞穂ちゃん)のお告げで来ちゃった!」

 テヘッと笑った菜穂子とは対照的に、真澄は「……あの野郎」と呟き苦い顔をする。

「瑞穂ちゃんを、怒らないであげて。あっ、柊木真澄さまともあろうお方が、女同士の結束にやんや言うわけないか。こりゃ失礼、失礼!」

 ぺちっと自分の額を叩いた菜穂子に、真澄は溜息を吐く。

「この人ごみの中、恥ずかしげもなく昭和の芸風を披露した菜穂ちゃんに免じて不問にしてやる」
「ありがと」

 ニコッと笑った途端、真澄から不器用な笑みを返され、菜穂子の心が満たされた。

「それじゃあ、行こっか」
「行く?……どこに?」

 避け続けている話し合いをするのだと勘違いした真澄は、菜穂子から距離を取ろうとする。

 しかし、それを予期していた菜穂子は、素早く真澄のアタッシュケースを奪い取った。これは、人質ならぬモノ質だ。

「おい!」
「大事な書類が入ってるのはわかってる。丁寧に扱うから、心配しないで」
「そういう問題じゃない」
「わかってる。一緒に来てくれたら返すから」
「……俺がこの後仕事があると言ったら?」

 最強のカードを出してきた真澄に、菜穂子は好戦的な笑みを浮かべる。

「出張帰りのまあ君は、今日は一日オフっていう情報を掴んでますけど?」
「誰だ漏らした奴は!」
「さぁーねぇー?それよりコレ、返してほしいんでしょ?ついてきて」

 すっとぼけた菜穂子は、真澄に背を向けて歩き出した。

 それから一拍置いて、真澄の足音が重なった。