交際ゼロ日からの、契約結婚

 菜穂子を実家に送った真澄は、藤堂との打ち合わせに向かう……のではなく、都内のローカル駅に車を走らせた。

 待ち人は、既にバスロータリーにおり、真澄の愛車を見つけると大きく手を振った。

 路肩に車を停めた真澄は、すぐにドアを開けて車を降りる。そして、待ち人──智穂のために後部座席のドアを開けた。

「ごめんねー、正月早々。わざわざ迎えに来てもらっちゃって」
「いや、構わないよ。それより食事は?」
「まだよ。急いで戻って来てあげたんだから。真澄君は?」
「俺も、まだ」

 そんな会話をしながら、智穂の手荷物をトランクに入れる。智穂はそうされるのが当たり前といった感じで、後部座席に乗り込んだ。

「智穂さん、とりあえず軽く食事でもする?」
「そうねぇ。でも元旦からやってる店ってファミレスぐらいでしょ?うちら揃って行くのはねぇ」
「じゃあ、この近くで部屋取ってあるからルームサービスでいい?」
「いいわよー。着いたら起こして」
「了解」

 ふわぁぁーと豪快なあくびをした智穂は、行儀悪く後部座席にゴロンと横になる。

 それから真澄が起こされるまで一度も目を覚まさなかった。

*

「私さぁ、絶対フロントの人にママ活やってるって思われた」

 真澄が用意したホテルの一室に入った途端、智穂は心外な顔をした。

 すぐに真澄は怪訝な顔になる。

「ママ活?」
「パパ活の逆バージョン。若い男が年増の女性と食事とかして、お金をもらうこと。知らないの?真澄君」
「知るか」

 即答した真澄は、ホテルのルームサービスのメニューを智穂に渡す。

「ここに食べたいのがないなら、上のレストランに行くけど」
「んー……面倒だから、いいよ。私はサンドウィッチにしようかな?真澄君は?」
「俺も同じので」
「相変わらず食に無頓着ねぇ」

 呆れ顔になる智穂に、真澄はなぜかデレた顔になる。

 そしてその顔のままルームサービスの注文を終えると、おもむろに自分のスマホを上着から取り出した。

「美穂さんがいない間、菜穂ちゃんが食事をずっと作ってくれてたんだ。最高だった。俺のためにキッチンに立ってくれたんだよ?ほら」

 そう言って真澄は自分のスマホ画面を智穂に向けた。

 画面にはフライパンを持つ菜穂子の後ろ姿が映し出されている。

「隠し撮りするなんて……悪い子になったわね」

 めっ!と叱る智穂だが、真澄は悪びれる様子はない。

「バレてないし。誰にも見せないし、誰にも見せたくないからいい」
「そういう問題じゃないでしょ」
「わかってる。でも……こんな光景二度と見れないかもしれないから、何度も見返したいんだ」

 急に切実な顔になる真澄に、智穂はもっと呆れ顔になる。

「そうならないために、私が帰省して実家の街にまつわる伝承とか色々調べてきてあげたんでしょ?菜穂子さんとクリスマスケーキ作りたかったのに、インフルエンザって嘘言って。台所で並んでお節作りたかったのを我慢して!」

 次第にヒートアップした智穂は、最後にバンッとテーブルを叩いて締めくくった。

「うん、そうだね。すまない」
「そこは、ありがとうでしょ?」
「ありがとう、智穂さん」
「よし!」

 ふんすっと鼻息を荒くして腕を組んだ智穂だが、その途端お腹が鳴った。

「……ま、詳しい報告はご飯食べてからでいい?」
「もちろんだ」

 真澄が頷いてしばらくしてから、サンドウィッチとコーヒーが二人分届いた。

 食事を終えた智穂は、カバンから書類を取り出した。新聞や書籍のコピーまで含まれており、その量は両手で抱えるほどだ。

「随分調べてくれたんだな」
「当ったり前よ!これ、真澄君へのクリスマスプレゼントとお年玉も兼ねてるからね」

 保護者の顔を見せる智穂に、真澄は尊敬のまなざしを送る。

「なら俺も、智穂さんにクリスマスプレゼント贈らないと……何がいい?」
「私はいいわよー。それより菜穂子さんに、ちゃんとプレゼントした?」
「ああ。ストール贈った」
「へぇー、なんかチョイスが普通……」

 てっきり引くほど高価なものを贈ったと思っていた智穂は、落胆の表情を見せる。

「仕方がないだろ。実用的なものじゃないと菜穂ちゃん受け取ってくれないんだから」

 何度も人生を繰り返す真澄は、それなりに菜穂子に対する知恵がついた。何が好みで、どうやったら受け取ってくれるのか。

 かつて金に物を言わせて菜穂子を口説いた自分は、完全なる黒歴史だ。思い出すだけで死にたくなる。

「ふぅーん、苦労してるんだねぇ……真澄君は。二人っきりでいるのに限界がきて、逃げ出すぐらいに」
「うっ……!」

 ここは咄嗟に否定しないといけなかったが、真澄は言葉に詰まってしまった。

 そうなのだ。菜穂子に仕事と嘘をついて、実家にいる智穂を無理矢理戻らせたのは、これ以上理性を保つ自信がなかったからだ。