交際ゼロ日からの、契約結婚

 二人合わせた金額は、瑞穂の予想を上回るものだったのだろう。喜びと戸惑いの表情が入り混じっている。

「……こんなに、いいの?」
「帰りのタクシー代も入ってるからな」
「うん!」
「タクシーがつかまらないなら、山南を呼ぶんだぞ」
「うん!」

 セレブ要素を含んでいるとはいえ、なんだかんだ言って妹想いなんだなと、菜穂子は二人の会話を微笑ましい気持ちで眺めている。

「なほ姉も、ありがとう!」

 満面の笑顔を向けられ、菜穂子は照れてしまう。期間限定とはいえ、妹っていいな。大事にしたい。

「楽しんできてね」
「うん!やっぱ、なほ姉のこと好きだな。純玲さんとは大違い。あの人さ──」
「おい」

 真澄の低い声で、瑞穂は自分の失言に気づいた。

「……ごめんなさい」

 しゅんとしてしまった瑞穂に、菜穂子は笑みを向ける。

「大丈夫、気にしないで。それよりも、待ち合わせ場所は近い?先にコート買う?まぁ君に近くまで送ってもらおっか?」

 矢継ぎ早に問いかけられた瑞穂は、首をフルフル振る。

「ううん、いい。歩いてすぐだし、コートはクラスの子と一緒に選びたい」
「そっか。じゃあ急がないと遊ぶ時間減っちゃうよ?」

 菜穂子から助け船を出された瑞穂は、ギュッと隣に座る菜穂子に抱きついた。

「なほ姉、ありがと!大好き!……ねぇ、また連絡してもいーい?」

 最後は小声で尋ねる瑞穂に、菜穂子は大きく頷く。

 カフェに入ってすぐ、真澄が席を外した隙に菜穂子と瑞穂は、連絡先を交換している。

「それじゃ、うち行くね!すみ兄、さっきは本当にごめん」
「わかった、わかった。そのことはもういいから、気を付けて行ってこい。あまり遅くなるなよ」
「はーい!」

 元気よく返事をした瑞穂は、振り返ることなくカフェを後にした。

「……悪かったな。色々と……」

 瑞穂が去ってしばらくしてから、真澄はポツリと言った。

「ん?別に、悪くされた覚えはないですよ?」

 むしろ、こっちが迷惑をかけてしまった。

 でもそれを口にしたら、真澄は「そうじゃない。俺が悪い」と言い出すだろう。2か月近く同じ屋根の下で暮らしているのだから、それぐらいはわかる。

 だから菜穂子は、終わりの見えない会話を続けるより、話題を変えることを選んだ。

「瑞穂ちゃん、可愛いねぇー。私、お兄ちゃんしかいなかったから、すごく新鮮だった。あ、瑞穂ちゃんに”いつでも遊びにおいで”って言っちゃったけど……」
「構わない。あいつも逃げ場があるほうがいいだろう」
「そっか……そうだよね……」

 真澄のその言い方が、なんとなく引っ掛かった。

 皆がワイワイとご馳走を食べている中、瑞穂が一人厨房でカップラーメンを食べていたことを知っても、真澄のリアクションは薄かった。興味がないというより、それが日常と言った感じだ。

 でも真澄と瑞穂の仲は、小遣いを強請り、与える関係だ。遊びに出かけた瑞穂の身を案じていたから、悪くないどころか、良好と呼べるだろう。

 そこにすごく矛盾を感じるけれど、菜穂子は詳細を尋ねるつもりはない。

 智穂は「真澄さんはね、色々あって幼い頃に私の実家で過ごしたことがある」と言っていた。その色々の中に、きっと瑞穂との関係も含まれているのだろう。

 そしてそれは、柊木家の闇の部分だ。期間限定で結婚した菜穂子が、安易に触れていいものではない。

「菜穂ちゃん、この際だから言っておきたいことがある」

 急に口調と態度を改めた真澄に、菜穂子は小さく息をのむ。

「あ、う……ん。何……かな?」
「瑞穂が言っていた純玲のことだ」

 頭の中で瑞穂のことを考えていたので、てっきりその話だろうと思い込んでいた。

 しかし予想が外れ、菜穂子は動揺してしまう。

「え?す、純玲……さんの、こと?」
「そうだ」
「あー……そっちは、なんとなく察しはついてるから、言わなくてもいいよ?」
「そういうわけにはいかない。菜穂ちゃんは俺の妻なんだから」

 妙に”妻”というワードを強調する真澄に、菜穂子は心の中で色々考えてしまう。いいことも、悪いことも。

「まぁ君、あのさ……」
「なんだ?」
「実は本命は智穂さんじゃなく、純玲さんってことは──」
「あるわけないだろ!」

 真澄は、怒鳴り声で否定する。すぐさま周囲の視線を感じて、ちょっと居心地が悪い。

 でも菜穂子は、一番悪いことが避けられたことにホッとしてしまった。