交際ゼロ日からの、契約結婚

「ヒイラギフーズは、柊木グループを支えている大事な企業の一つだ。そしてカップラーメンは、国民食といっても過言ではないほど、多くの人が食しているし、ヒイラギフーズの主力商品だ。それなのに、自社商品を馬鹿にするなど、どういうつもりですか?」

 厳しい口調で問われた美佐枝の姉は、バツが悪い顔になりそっぽを向く。

 そんな子供じみた態度を取る美佐江の姉に、真澄は侮蔑の視線を向けながら更に厳しい口調になる。

「一族の妻の座に胡坐をかいて好き勝手なことを言う奴と、積極的に自社商品の開発に取り組んでくれる妻……俺がどちらを大切にしたいかわかりますよね」

 言い終えると真澄は、美佐江の姉、重矩、美佐江の順に視線を送った。

「でもね、新年の宴の場でわざわざ試食なんてしなくても……」

 頬に手を当て、さも”ここに居る人たちを代表して話してます”的な顔をする美佐江に、真澄は鼻で笑った。

「はっ。どうもここにいる連中は、俺の妻を悪者にしたくて仕方がないようだ。なら結構、悪者は去るとしましょう」

 言い捨てるや否や、真澄はいったん席に戻る。

 そして荷物を片腕に抱えると、菜穂子の手を引いて鶴の間を出て行った。

「──まぁ君……ねぇ、まぁ君……!」

 引っ張られる形で廊下を歩いていた菜穂子は、腕を引いて真澄の足を強引に止めた。

 真澄は菜穂子の手を離しながら、顔をくしゃりと歪める。

「ごめんな、菜穂ちゃん。嫌な気持ちにさせて」
「は?それ逆!私こそ、ごめんっ」

 真澄の言葉を遮って、菜穂子は勢いよく頭を下げる。

 その途端、真澄の手が伸びて両頬を包み込まれる。そして優しい手つきで、顔を持ち上げられた。

「菜穂ちゃんが謝ることなんて何もない。悪いのは……こんなところに連れてきた俺だ」

 真澄の辛そうな顔を見ていると、こっちの胸が痛い。

「何でそんなこと言うの?まぁ君は悪くない。行くって言ったのは私だよ」
「……でもな」
「でも、じゃない!悪いのはカップラーメンを馬鹿にした人たち!あと私、まぁ君に嘘ついた。だから私もちょっとだけ悪い」
「……嘘?」
「うん。すぐに戻ってくるって言ったのに遅くなったし、まぁ君の名前を勝手に使っちゃった。ごめん」
「俺は菜穂ちゃんのものなんだから、好きに使えばいい」
「っ……!そ、そういう言い方は……ちょっと」

 勘違いしちゃうじゃん。真澄があまりにナチュラルに言うもんだから、変な気持ちになりそうだ。

 心の中で危険信号が鳴った菜穂子は、真澄に厳重注意をしようとした。けれど口を開く前に、トタタタ……とこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

「すみ兄、待って!」

 声のする方に視線を向ければ、瑞穂がこちらに駆け寄ってくる。

 でも真澄は瑞穂を無視して、菜穂子の手を引いて歩き出そうとする。

「行くぞ」
「でも瑞穂ちゃんが」

 両足を踏ん張って「行かない」という意思表示をする菜穂子に、真澄が怪訝な顔をした。

「瑞穂?どうして菜穂ちゃんが、アイツの名前を知ってるんだ」
「それは、さっき私が──」
「すみ兄、なほ姉を叱らないで!私が全部悪いの!!」

 追いついた瑞穂は、真澄の腕を強く掴んで訴える。

「は?……なほ姉?どういうことだ??」

 まったく話が見えない真澄は、菜穂子と瑞穂を交互に見る。

「まぁ……えっと、立ち話もなんだから外で話そ。瑞穂ちゃんも良かったら一緒に来る?」
「いいの!?」
「おい!」

 二人に同時に声をかけられた菜穂子は、悩むことなく真澄の袖をつかむ。

「……駄目かな?」
「……嫌だと言わせる気なんかないだろ?」

 拗ね顔になった真澄だが、瑞穂に「来い」と言って歩き出す。

「すみ兄、なほ姉に激アマじゃん。マジで惚れてんだねー」

 一緒にお出かけできるのが嬉しかったのか、瑞穂は弾んだ声を出す。菜穂子といえば、真澄が不機嫌にならないかヒヤヒヤだ。

「くだらないことを言うなら、置いてくぞ」

 前を向いたままそう言い捨てた真澄だが、口調とは裏腹にその口元は、ほんのりと弧を描いていた。