交際ゼロ日からの、契約結婚

 柊木真澄は、同じ人生を何度も繰り返している。

 どうしてそうなったのかはわからないが、回帰するトリガーはわかっている。真澄か菜穂子のどちらかが死ぬか、真澄が異性を抱いたときだ。

 とはいえ、これは経験上わかったことなので、もしかしたら他のトリガーもあるかもしれない。

 ただどんなふうに回帰をしても、真澄は9歳の夏──智穂の実家がある田舎の橋の上から人生が始まる。

 菜穂子と出会い、人生で最も幸せだった、あの日々に──。

「菜穂ちゃんはさ、俺と同じように人生を繰り返してるんだろうか……」

 何度も人生を繰り返す原因は、あの場所にあると真澄は確信している。

 今回の人生こそ真澄は、大財閥の御曹司という地位を得ているが、最初の人生ではその素性のせいで酷い扱いを受けていた。

 邪魔な子、いらない子、生まれてきてはいけない子。

 肉親と呼べる者は、真澄を嫌い、いない者として扱っていた。

 見るに見かねた智穂が、当時会長だった柊木益之助に直談判し、真澄を自分の実家に預けることにしたのだ。

 智穂の実家は、のどかな田園風景がずっと続く田舎で、都会から来た真澄は、人見知りの性格もあり、小学校の同級生たちに当然のようにいじめられた。

 最悪。その言葉しか浮かばない日常の中、ひょんなことから菜穂子と知り合った真澄は、夏休みの間、菜穂子と毎日一緒に過ごしていた。

 当時5歳だった菜穂子は、いつでも真澄に陽だまりのような笑顔を向けてくれた。人として、友達として、大切な人として扱ってくれた。

 だから真澄は、菜穂子と結ばれるために何度も人生を繰り返しているのだと信じて疑わない。でも──

「……菜穂ちゃんは、俺に全然興味を持ってくれないんだよな」

 繰り返す人生で、大人になった菜穂子と再会しても、真澄はいつも振られてしまう。そして、いつも菜穂子は耀太に身も心も傷つけられ、命を落とす。

「なぁ、智穂さん。菜穂ちゃんは俺と同じように、何度も人生を繰り返してるのか?」

 正座していた足を崩しながら真澄が尋ねれば、人の魂の形を見ることができる智穂は「それはないわ」と即答する。

 智穂いわく、死期が近い人は魂がぼやけて、病を抱えている人は黒くよどんで見えるそうだ。他にも性格に難があれば歪んだ形となり、心根の清らかな人は仄かに輝いて見えるらしい。

 真澄の魂は、智穂の目には何層にも重なっている。こんな魂を持った人間は、初めてで、どうしてそんな形になってしまったのか見当もつかないそうだ。

「そっか。良かった……」

 真澄は、心から安堵の息を吐く。

 こんな滅茶苦茶な人生を歩むのは、自分だけで十分だ。

 菜穂子には、ただ幸せに満ち溢れた人生を歩んでほしい。

「なんか、幸せいっぱいの顔してるとこ悪いんだけどさ、真澄君。誰が足を崩していいって言った?」
「……バレたか」

 流れ的に見逃してもらえると思っていた真澄は、心の中で舌打ちして再び正座をする。

 何度人生を繰り返しても、智穂は智穂のままだ。

 出会った瞬間、真澄の奇妙な形の魂を目にして驚き、泣き、与太話だと笑わずに真摯に話を聞いてくれる。

 だけど甘やかしてはくれない。全ての選択は「真澄君の人生なんだから」と言って、真澄自身に決めさせる。

 そこに冷たいという感情が無いと言えば嘘になる。

 でも智穂が突き放すような態度を取るのは、何度も繰り返す真澄の人生の一つ一つを大事にしてくれている証でもあるのだ。

「それで、これからどうするの?」

 立ちっぱなしでいるのに疲れたのか、智穂はドサリとソファに身体を埋めながら真澄に問いかけた。

「え?どうするって……?」
「一年後に、本当に離婚する気なの?」
「……どうだろう」

 離婚したいかと訊かれれば否だ。でも、いつ回帰するかわからないリスクを抱えて結婚生活を続けたくはない。

「あのさ、俺がふりだしに戻った世界ってどうなってると思う?」

 唐突な質問に智穂は目を丸くし、うーんと唸る。

「そこは考えたことなかったなぁ。まぁ……ベタだけど、真澄君が死んだことになるんじゃない?」
「そうだよな。やっぱり、そう考えるよな」

 真澄も、智穂と同じ考えだ。だから菜穂子との結婚生活を続けることに躊躇いがある。

「俺のこと菜穂ちゃんは好きじゃないかもしれないけど、俺が死んだら多少は悲しむはずだ。それにどんな死に方をするのかわからないが、不審死扱いされたら菜穂ちゃんに迷惑がかかる」

 万が一のことを考え、既に真澄は菜穂子のためにかなりの財産を用意している。でも、それはあくまで保険だ。

 自分が死んだせいで、面倒な後始末なんかさせたくない。

 そんな真澄の想いは、言葉にせずとも智穂は理解できたようで「確かにね」と呟いた。

 でも納得はできないようで、頬杖をついて真澄を見る。

「でもさぁ真澄君、この一年の間に君がまた9歳に戻らなくても、死なない保証ってないよね?」
「っ……!そ、それは……」
「なんか綺麗事並べ立ててるけどさ、菜穂子ちゃんに隠し事してる自覚ある?」
「あるには……ある」
「そう。なら、いっそ全部喋っちゃえば?」
「は?……はぁ!?」

 驚く真澄に、智穂は「どうせ恋愛対象外なんだから、引かれちゃってもいいじゃん。あははっ」と心をエグるような発言を重ねる。

「智穂さん、他人事だと思って……!」
「そうよ、他人事よ。だから客観的な意見ができるの!」

 強く言い切られた挙句、智穂からデコピンまでされた真澄は、額を押さえながらジト目になる。

「……自分勝手な夫から、イタい夫に代わるだけじゃないか。冗談じゃない、そんなの」

 拗ねた口調になる真澄だが、智穂の言うことに同意する自分もいる。

 包み隠さず打ち明けたら、菜穂子は頑張って受け止めようとしてくれるだろう。もしかしたら、離婚しないでいいよと言ってくれるかもしれない。

 でも、それじゃあ駄目なのだ。義理とか同情ではなく、菜穂子にちゃんと異性として見られたい。自分のことを好きになってほしい。

「なんかさ、他人事ついでにいっちゃうけどさぁー」
「うん?」
「真澄君の人生って乙女ゲームみたいだね」

 ググッと伸びをした智穂から、辛辣な言葉を吐かれた真澄は、ものすごく苦い顔をする。

「あのさぁ、智穂さん」
「なぁに?」
「それ、毎回言ってる」
「でしょうね。だって私だし」

 妙に納得する発言をした智穂に、真澄も前回と同じ返しをした。

「嫌だよ、こんなクソゲー」

 吐き捨てた途端、智穂は「上手いこと言うねぇー」と言ってケラケラ笑う。

 これも毎回同じリアクションだ。でも自分の代わりに、この呪いと祝福が混沌とする人生を笑い飛ばしてくれて、真澄は少しだけ心が軽くなった。