王子様になりたい ~王子様の恋愛指南~

「——そうなんです。私たちは付き合っているんですよ」
 ざわついた空気に切り込んだ柔らかな声。
 目の前に現れたのは、齋藤慎司。噂の張本人だった。
「やっぱり!昨日のデートは本当だったんだね」
「そうなんですよ。だから、藤島さんと二人きりになってもいいですか」
「ええ。ぜひ、話してらっしゃい」
 慎司さんの嘘に、加藤先輩は手を合わせて喜んでいる。
 着々と進んでいく二人のやり取りを前に、私は放心していた。
「さぁ、いくよ明花」
 そう私に耳打ちした瞬間、慎司さんに手を引っ張られた。
 周りの視線が痛いほど刺さる中、そのまま二人で集団を抜けていく。
 そうして駆けているうちに、誰もいない空きスペースへ到着した。
 賑やかな空間が一変、静寂が場を支配する。
「……すまない。ああ言わないと、明花が困ってしまうと思って」
 先に口を開いたのは、慎司さんだった。重々しい口調で、深々と頭を下げる。
「あ、いえ……助けていただいてありがとうございます」
 慎司さんが現れた瞬間、ほっとした。
 苦しい状態から抜け出せたのは、彼が連れ出してくれたからだ。
「まるで本当の王子様みたいでした」
「王子様、か……」
 きっと、これも慎司さんの優しさ。恋愛を教えてくれる王子様としての行動だ。
 そこに他意なんてない。
 そう思い込もうとしても私は——「付き合っている」という言葉に舞い上がってしまった。
「私のせいで、恋人だと誤解されてしまって申し訳ありません。だけど……」
「だけど」という言葉に、慎司さんは息を呑んだ。
 もう、周りに真実を伝えるのは難しい。
 このまま誤解されているのはよくない。
 そう頭では理解しているのに、どうしても喜びの感情が勝ってしまう。
 まだ、彼との関係を終わらせたくない。
 それほど——私は、慎司さんのことが好きなんだ。
 両手を強く握りしめ、震えそうになる身体をどうにか支えた。
「……私は、まだ慎司さんのわがままを叶えていません」
『私の最後のわがまま。——また、デートしてほしいな』
 頭の中で、彼の願った最後のわがままを反芻する。
「どうか、叶えさせていただけませんか」
 祈るような思いで、手を差し出す。
 不安から目をきつく閉じれば、心臓の音が鮮明に聞こえた。
 どれほどの時間が経ったのだろうか。
「明花、私を見て」
 お互いの呼吸音だけが聞こえる中、慎司さんが静かに名前を呼んだ。
 言われるがまま目を開けると、真剣な眼差しがこちらを射抜いていた。
 いつもの余裕なんて全く感じられない表情。
 初めて彼の手を取った時に感じたものと同じ。
 目の前にいるのは「同期」でも「完璧な王子様」でもなく——一人の男性。 
「好きだよ」
 おもむろに、しなやかな指先が私の手を引いた。
 そして——彼に抱きしめられた。
 優しいハーブの香りが、昨日のデートを鮮明に思い起こさせる。
「あなたの、王子様になりたい」
 少しだけ掠れた声に、どこか熱を帯びた表情。
 彼の仕草の一つひとつに、今まで感じたことのない色気を感じた。
「一日だけではなく……ずっと私の恋人でいてほしい」
 胸が熱くてたまらない。彼に抱きしめられた身体が、電流が流れたように痺れている。
 こんなに素敵な感情、今まで知らなかった。
 全部、私の王子様が教えてくれたんだ。
「はい。私も慎司さんが好きです。……あなたの恋人でいさせてください」
 慎司さんの胸に顔を埋めるようにして、私も強く抱きしめたのだった。