―また、放課後に君と―

次の日は、いつもより少しだけ騒がしく感じた。

テストがあるわけではない。

特別な行事があるわけでもない。

文化祭の準備が、いよいよ本格的に始まったからだ。

朝、ハルトが教室へ入ると、すでにいくつかの机が後ろへ移動されていた。

窓際には色とりどりの厚紙。

床には二本の布が転がっている。

そして教室の真ん中には――

まるで武器を与えられたばかりの人間のように、ハサミを持ったソウタが立っていた。

ハルトは入口で足を止める。

「……なんでそれ持ってるの?」

ソウタが振り返った。

「おはよう、ハルト」

「先に質問に答えて」

「ハサミ?」

「そう」

「俺、装飾係だから」

ハルトはソウタを見る。

次にハサミを見る。

そして、もう一度ソウタの顔を見る。

「誰かに渡せ」

「なんでだよ!」

「みんなの安全のため」

ソウタは自分を指さした。

「お前が思ってるより俺は有能だからな」

教室の後ろからリンの声が聞こえた。

「フジモトくん、さっきコード切りそうになってたけど」

ソウタが勢いよく振り返る。

「あれはちょっとした事故だ!」

ハルトはため息をついた。

「やっぱり」

リンの近くにいたミオが小さく笑った。

その視線がハルトと重なる。

ほんの一瞬。

けれど、彼女の笑顔が少しだけ変わった。

「おはよう、アイザワくん」

ハルトはうなずく。

「おはよう」

何もおかしくない。

二人は同じクラスだ。

朝に挨拶することだって普通にある。

なのに――

ここ二日間の放課後を一緒に過ごしたせいか、

その何気ない挨拶が、ほんの少しだけ違って感じられた。

ソウタがすぐにハルトを見る。

ハルトは無視した。

ミオは再びリンと一緒に紙を整理し始める。

ソウタが近づいてくる。

「ハルト」

「何?」

「朝から挨拶なんて」

「みんなするだろ」

「そうかなあ?」

ハルトは無表情で彼を見る。

「ソウタ」

「ん?」

「仕事始めないなら、ブラウ先生に言うよ」

ソウタの表情が一瞬で変わった。

「個人的な問題に権力を持ち込む必要はないだろ」

ハルトは横を通り過ぎる。

「働け」

「はい」

◇

数分後、ブラウが教室へ入ってきた。

今日はいつもと違い、海のような青い髪を低い位置で結んでいる。

入口で足を止めた。

教室全体を見渡す。

そして視線が、黒板に斜めに貼られている厚紙へ止まった。

ブラウはそれを指さす。

「誰が貼ったんですか?」

ソウタがゆっくり手を上げる。

「フジモト」

「はい、先生」

「なぜ斜めなんですか?」

ソウタは厚紙を見る。

「コンセプトです」

ブラウが黙る。

教室も静かになる。

ソウタはぎこちなく笑った。

「……モダンな感じ?」

ブラウがゆっくり息を吐いた。

「外してください」

「はい」

何人かの生徒が笑った。

ブラウは教卓に本を置く。

「文化祭まであと数日です。教室をカフェにしようが、お化け屋敷にしようが、ジャガイモ売り場にしようが私は構いません」

リンが手を上げる。

「先生、うちはもうカフェに決まりました」

「それはよかったです」

ブラウはうなずいた。

「では、ジャガイモ売り場に見えないようにしてください」

ソウタがすぐ反論した。

「なんで例えが全部、俺たちの装飾を攻撃してる感じなんですか?」

ブラウは彼を見る。

「一番心配なのが装飾だからです」

ソウタは黙った。

教室にまた笑い声が広がる。

ブラウは出席簿を開いた。

ハルトは席からその様子を眺めていた。

ブラウはいつも気楽そうに見える。

それでも、物事が手に負えなくなるまで放置することはほとんどない。

昔からそういう性格なのか。

それとも何かの経験から身についたものなのか。

ハルトは考えたこともなかった。

昨日までは。

昨日、校門でブラウを迎えに来ていた男を見た。

おそらく、フリン。

その瞬間だけ。

ハルトが知っている「ブラウ先生」に、

学校の外にも別の生活があることを実感した。

ただのブラウ先生ではない。

家に帰る一人の人間。

待っている人がいる人。

ハルトはすぐにその考えをやめた。

自分には関係のないことだ。

◇

昼休み。

ハルトが弁当箱を開けた直後、

ソウタが向かいの席へ座った。

「話がある」

ハルトは顔すら上げなかった。

「嫌だ」

「まだ内容言ってないだろ」

「顔で分かる」

ソウタは両手に顎を乗せる。

「昨日」

ハルトの動きが止まった。

「何?」

「何時に帰った?」

「六時くらい」

「誰と?」

ハルトはようやく顔を上げる。

ソウタが笑っていた。

あまりにも満足そうな顔だ。

「なんで聞くの?」

「ただ気になっただけ」

「お前の『ただ気になっただけ』は信用できない」

ソウタはハルトを指さした。

「答えろ」

ハルトは箸を取る。

「一人」

ソウタがゆっくりうなずく。

「へえぇ」

ハルトは目を細めた。

「何?」

「別に」

「絶対信じてないだろ」

「信じてるよ」

「嘘」

ソウタが少し身を乗り出す。

「でも、昨日お前とほぼ同じタイミングで校門を出た人を見たんだよな」

ハルトが止まる。

「……誰?」

ソウタの笑みがさらに大きくなった。

「ほら」

ハルトは自分が引っかかったことに気づいた。

「ソウタ」

「タチバナ・ミオ」

ハルトはため息をつく。

「たまたま一緒に帰っただけ」

ソウタが黙る。

「なんで?」

「二人とも帰るところだったから」

「同じ時間に?」

「そう」

「二日間?」

ハルトが彼を見る。

ソウタが固まった。

やがて、ゆっくり笑う。

「二日?」

ハルトはようやく自分の失言に気づいた。

一度目を閉じる。

「忘れて」

ソウタが勢いよく立ち上がった。

「二日間!?」

「座れ」

「ハルト!」

何人かの生徒がこちらを見る。

ハルトはソウタの腕を引っ張った。

「静かにしろ」

ソウタはまた座った。

ただし、その顔は大発見でもしたかのようだった。

「二日連続?」

「何もないって」

「話した?」

「少し」

「一緒に帰った?」

「駅まで同じ方向だから」

「放課後、二人で座ってた?」

ハルトの動きが止まった。

ソウタが彼を見る。

その目が大きくなる。

「あ」

ハルトはすぐに指を差した。

「やめろ」

ソウタは両手で口を押さえる。

しかし、肩が震えている。

笑いを堪えているのが丸分かりだった。

ハルトは俯く。

「なんでお前に話したんだ……」

「俺は強制してない」

「誘導しただろ」

「コミュニケーション能力だ」

ハルトはまた弁当を食べ始めた。

ソウタはまだ笑っている。

しばらくして、少し静かな声で言った。

「でも、よかった」

ハルトが見る。

「何が?」

「新しい人と仲良くなってきてること」

ハルトは黙った。

今度のソウタは笑っていなかった。

「別にくっつけようとしてるわけじゃないぞ」

ハルトが眉を上げる。

ソウタは少し考えた。

「……まあ、ちょっとはあるけど」

ハルトはため息をついた。

「でも本当に」

ソウタは続ける。

「必要もないのに誰かと長く一緒にいること、お前あんまりないだろ」

ハルトは何も言わなかった。

「タチバナと話してて楽なら、それでいいじゃん」

ハルトは弁当箱を見る。

なぜか、その一言が今までのソウタのからかいよりも気になった。

間違っているからではない。

もしかすると――

あまりにも正しかったから。

◇

教室の反対側。

リンはミオと一緒に座っていた。

ミオが缶の飲み物を開けようとしている。

リンはそれをじっと見ていた。

ミオがとうとう手を止める。

「何?」

「別に」

「その目は絶対何かある」

リンはミオの飲み物を指さした。

「またミルクティー」

ミオは缶を見る。

「だから?」

「いつもレモンティーじゃなかった?」

ミオが黙る。

「ちょっと飽きたの」

リンはうなずいた。

「ふーん」

ミオは目を細める。

「何?」

「考えてただけ」

「何を?」

リンは弁当箱を開く。

「なんでここ二日、帰るのが遅くなったのかなって」

ミオはストローを開ける手を止めた。

リンが続ける。

「それと、昨日カラオケに来なかった理由」

ミオは視線を逸らす。

「文化祭の仕事があったから」

「昨日は?」

「うん」

「一昨日は?」

ミオが黙った。

リンが小さく笑う。

「なるほど」

ミオはすぐに彼女を見る。

「始めないで」

「まだ何も言ってないけど」

「フジモトくんみたい」

リンは少し傷ついた顔をした。

「それはひどい」

ミオが小さく笑った。

リンは数秒、彼女を見る。

「アイザワくんと帰った?」

ミオは飲み物を吹きそうになった。

「なんでいきなりそうなるの?」

リンは肩をすくめた。

「昨日、駅で二人を見たから」

ミオは缶を見る。

「偶然だよ」

「二日連続で?」

ミオが止まる。

リンが目を細めた。

「二日?」

ミオは一瞬、顔を手で覆った。

「なんで今日はみんな簡単に引っかかるの……」

リンが笑う。

ミオはため息をついた。

「ただ話してただけ」

「放課後?」

「うん」

「二人で?」

ミオはリンを見る。

「人のいない部屋って、普通は人でいっぱいじゃないでしょ」

リンは笑いを堪えた。

ミオはすぐに指を差す。

「笑わないで」

「はいはい」

リンはまた食べ始める。

しかし数秒後。

「なんか、前よりリラックスしてるよね」

ミオが黙る。

「え?」

「ここ二日」

リンは彼女を見なかった。

「理由は分からないけど」

ミオは手の中の飲み物を見る。

すぐには答えなかった。

「いつも通りだよ」

「じゃあ、私の勘違いかも」

リンが小さく笑った。

ミオはまた飲み物を口にする。

けれど、そのときにはもう、

彼女の意識はミルクティーには向いていなかった。

◇

放課後。

教室はすぐに忙しくなった。

今日は文化祭の担当者全員がしばらく残ることになっていた。

ハルトは机を移動する。

ソウタとミオは飾り付け。

リンは必要な物のリストを書いている。

ほかの生徒たちはメニュー表作りに追われていた。

「もっと左!」

ミオは下から、ソウタが持っているバナーを見る。

ソウタが動く。

「こう?」

「行きすぎ」

また動く。

「今度は?」

「少し右」

「俺から見て右? 左?」

ミオは頭を抱えた。

「アイザワくん」

箱を運んでいたハルトが止まる。

「何?」

「助けて」

ソウタが抗議する。

「なんでみんな俺を邪魔者みたいに扱うんだよ!」

ハルトは箱を置く。

「バナーが逆さだから」

ソウタが上を見る。

本当に逆さだった。

黙る。

「……コンセプト」

ミオが吹き出した。

ハルトも小さく笑う。

ソウタは二人を指さした。

「今日のお前ら、息合いすぎじゃない?」

ハルトとミオはほとんど同時に止まった。

黒板の近くにいたリンがちらりと見る。

ソウタは満足そうに笑っている。

ハルトはバナーを取り上げた。

「降りろ」

「なんで?」

「俺がやる」

「これは才能への侮辱だぞ」

「降りろ」

ソウタはとうとう諦めた。

ハルトがバナーを取り付ける間、

ミオは隣に立っていた。

「もう少し右」

ハルトが動かす。

「これくらい?」

「もう少し」

「今は?」

「そこ」

ハルトは椅子から降りた。

ミオがバナーを見る。

「いい感じ」

ハルトも見る。

「上下が分かる人間がやれば簡単だな」

後ろからソウタが声を上げる。

「聞こえてるからな!」

ミオが笑った。

準備は二時間近く続いた。

ハルトは初めて、

図書室でじっとしていたわけでもないのに、

放課後の時間が早く過ぎたように感じた。

教室が騒がしかったからかもしれない。

それとも――

何度か、ミオがすぐ近くにいることに気づいたからかもしれない。

ずっと話していたわけではない。

その必要もなかった。

時々ミオが助けを求める。

時々ハルトが何かを渡す。

時々、目が合う。

そしてどちらかが笑う。

小さなこと。

特別でもないこと。

けれどハルトは、

少しずつそれに気づき始めていた。

◇

午後五時ごろ。

ほとんどの生徒が帰る準備を始めた。

ソウタが両腕を伸ばす。

「終わった!」

リンがリストを見る。

「まだ」

ソウタはすぐに腕を下ろした。

「何が残ってる?」

「箱が二つ」

「明日でいいだろ」

「フジモトくん」

「リンさん」

リンが彼を見る。

ソウタは箱を持ち上げた。

「はい」

ハルトももう一つの箱を運ぶ。

ミオは机を整えていた。

数分後。

今度こそ、本当にすべて終わった。

ソウタが鞄を取る。

「カラオケ?」

ハルトはすぐ答えた。

「行かない」

ソウタがミオを見る。

「タチバナは?」

ミオは小さく笑った。

「今日は行かない」

ソウタは二人を見る。

そしてゆっくりリンへ視線を向けた。

リンはリストを読んでいるふりをする。

ソウタが笑う。

「そっか」

ハルトは嫌な予感がした。

だがソウタはただ手を上げた。

「また明日」

リンも鞄を取る。

「私も帰るね」

ミオが彼女を見る。

「早くない?」

リンは鞄を肩にかける。

「家でちょっと用事あるから」

そして少しだけミオへ近づいた。

「また明日」

声は普通だった。

ただし――

笑顔だけは普通ではなかった。

ミオが眉をひそめる。

リンは去っていった。

教室が一気に静かになる。

ハルトはドアを見る。

そしてミオを見る。

ミオもこちらを見ていた。

数秒。

「……あいつら、わざと?」

ハルトが聞いた。

ミオはため息をつく。

「たぶん」

ハルトは机の上に腰掛ける。

「ひどい友達だな」

「同感」

ミオは窓へ向かう。

カーテンを少し開けた。

夕方の空はよく晴れている。

ハルトは時計を見る。

17時11分。

ミオが振り返る。

「アイザワくん」

「ん?」

「このまま帰る?」

ハルトは止まった。

ただの質問。

なのに――

今回は、前の二日とは少し違う。

偶然ではない。

ミオが、直接聞いた。

ハルトは自分の鞄を見る。

それから窓。

「まだ帰らない」

ミオが小さく笑った。

「私も」

なぜか、その答えを聞いて、

胸の奥が少し軽くなった。

◇

二人はまた飲み物を買った。

ハルトはコーヒー。

ミオはミルクティー。

三日目。

同じ飲み物。

同じ自動販売機。

ハルトがコーヒーを取る。

ミオが見る。

「私たち、そろそろ面白くないね」

「何が?」

「毎回同じの買ってる」

「ミオが違うの買えば?」

ミオは自動販売機の商品を眺める。

そして――

またミルクティーのボタンを押した。

ハルトが彼女を見る。

ミオは缶を持ち上げる。

「変えるとは言ってないよ」

ハルトが笑った。

二人は教室へ戻った。

今日は、昨日より少し近くに座る。

ミオは窓際の机。

ハルトは、その隣の机。

どうして距離が変わったのか、

どちらも話題にはしなかった。

ミオがスマートフォンを開く。

「見て」

画面をハルトへ向けた。

ソウタが逆さにバナーを持っている写真。

ハルトが笑った。

「いつ撮ったの?」

「アイザワくんが外す前」

「なんで?」

「歴史的証拠」

「ソウタかわいそうだな」

「リンに送ろう」

ハルトはミオが文字を打つのを見る。

数秒後。

スマートフォンが震えた。

リンから笑っているスタンプが一つ。

ミオは満足そうに笑う。

「ひどい」

「アイザワくんも笑ってたじゃん」

「あれは反射」

「言い訳」

ハルトはコーヒーを飲む。

ミオがスマートフォンを置いた。

しばらく二人は黙っていた。

そしてミオが言う。

「アイザワくん」

「ん?」

「今日、楽しそうだったね」

ハルトが眉を上げた。

「文化祭の準備?」

「うん」

「普通だよ」

ミオは信じていないような顔をする。

「結構笑ってた」

「ソウタが馬鹿だったから」

「説得力ある理由だね」

ハルトが笑う。

ミオは窓の外を見る。

「私、文化祭好き」

「どうして?」

「分からない」

少し考える。

「いつもの日常と、ちょっと違う感じになるからかな」

ハルトは教室に増えてきた飾りを見る。

バナー。

色とりどりの紙。

普段とは違う場所へ移動された机。

「確かに」

「学校が生きてる感じする」

ハルトはすぐには答えなかった。

ミオが振り向く。

「好きじゃない?」

「そういうわけじゃない」

ハルトは廊下を見る。

「俺は、静かになったあとの学校のほうが好き」

ミオが笑う。

「知ってる」

ハルトが彼女を見る。

「なんで?」

「アイザワくん、いつもこの時間までいるから」

ハルトは黙った。

ミオが続ける。

「でも今日は、人が多くても楽しそうだったよ」

ハルトは考える。

もしかすると、その通りなのかもしれない。

普段なら、あまり騒がしい場所は好きではない。

それなのに今日は、

それほど疲れなかった。

「文化祭は毎日じゃないから」

「だから我慢できる?」

「まあね」

ミオが小さく笑った。

しばらくして。

手の中の缶を見つめながら言う。

「アイザワくん」

「ん?」

「文化祭が終わったあとも……」

そこで言葉が止まった。

ハルトは待つ。

ミオは肩をすくめた。

「やっぱり何でもない」

「何?」

「大したことじゃないから」

ハルトは数秒、彼女を見る。

普段ならそのままにする。

でも今回は――

少しだけ気になった。

「文化祭が終わったら、何?」

ミオが笑う。

「話したくなったら、自分から話すんじゃなかった?」

ハルトが黙る。

それから小さく笑った。

「俺の言葉を使うの?」

「公平でしょ」

「ずるい」

「ずるくない」

ミオはまた窓の外を見る。

ハルトも、それ以上聞かなかった。

けれどなぜか――

最後まで言われなかったその言葉が、

頭の中に残った。

文化祭が終わったあとも――

何だろう。

◇

午後五時四十分過ぎ。

二人は今日は少し早めに帰ることにした。

校内放送を待つ必要もない。

校門へ向かって歩いていると、

一台の車が学校の前に止まるのが見えた。

ハルトは見覚えがあった。

数日前と同じ車。

フリンが車のそばに立っている。

教職員棟から、鞄を持ったブラウが出てきた。

ミオも気づいた。

「あ」

ハルトが彼女を見る。

「知ってるの?」

ミオはうなずく。

「あれ、ブラウ先生の旦那さんでしょ?」

「たぶん」

「保護者の行事で見たことある」

ハルトはまた前を見る。

フリンがブラウの鞄を受け取る。

ブラウが何かを言った。

フリンが笑う。

するとブラウが、彼の腕を軽く叩いた。

ミオが笑った。

「仲良さそう」

ハルトはうなずく。

「うん」

二人は、それ以上眺める前に校門を通り過ぎた。

ミオはハルトの隣を歩く。

「いいな」

ハルトが見る。

「何が?」

「待ってくれる人がいるって」

ハルトは黙った。

ミオは、自分が声に出していたことに気づいたようだった。

「あ」

笑う。

「ほら、迎えに来てくれるって意味」

ハルトは前を見る。

「うん」

二人は歩き続けた。

今回もハルトは、

それ以上何も聞かなかった。

◇

駅前。

今日も二人は、

違うホームへ向かう改札の前で別れることになる。

ミオが止まる。

ハルトも止まった。

数秒間。

どちらも何も言わなかった。

ミオが手を上げる。

「また明日」

ハルトはうなずく。

「また明日」

ミオが歩き始める。

一歩。

二歩。

そこで止まった。

振り返る。

「アイザワくん」

「ん?」

ミオが笑った。

「See you again after school.」

ハルトは何も言えなかった。

簡単な英語だった。

ちょっとした冗談のようにも聞こえる。

それなのに。

なぜか、その言葉だけは少し違って感じた。

ミオはもう一度、小さく手を上げる。

そして去っていった。

ハルトは数秒、その場に立ったままだった。

人混みの中へ消えていくミオを見る。

そして――

気づかないうちに、小さく笑っていた。

「After school、か……」

ハルトは自分のホームへ向かった。

最初の日は、偶然だった。

二日目も、まだ偶然と呼べたかもしれない。

三日目には、

少しずつ別の何かになり始めていた。

そして今日――

初めて二人には、

それを表す言葉ができた。

See you again after school.