溺愛、しないで


彼が突然裂けたような笑みを浮かべた瞬間、ぞわりと鳥肌が立ち、全身に感じたことのない恐怖が走った。


「ここらじゃそのセーラー、有名なの知ってるっスよー。偏差値38の馬鹿高で、不良も多いとか」


しかし瞬き一つの後にその表情はかき消える。


その後、なんの脈絡(みゃくらく)もなく世間話を始めるそのアンバランスさが恐ろしくて思わず後ずさるが、床に打ち付けられていた椅子は一切動かず靴底が擦れる音だけが響いた。


呼吸が浅くなっていく。


「アハハ、そんな怖がんなくっても、ちょーっとお仕置きするだけっスよ。君、もう高校生でしょ?人にぶつかったら謝る、常識っスよ?」


「あ、あれはわざとじゃ……!」


「ふ、ウチのボスが気に入らないと言ったら、それが俺達の動く理由になるんス。その他の意見は関係ない」


「けっ、けいさつ、よ」


「お、テンプレきたっス!でも……おじょーちゃん知ってた?警察(あいつら)は証拠がないと動いてくれないんスよ」


ドクン、と心臓が嫌な風に跳ねる。


彼が言っていることが本当だとは限らないのはもちろん分かっているが、非日常で溢れるこの空間と状況のせいで追い込まれたような気持ちになってしまう。


警察に頼れないとすれば、自分の力でなんとかするしかない。


至極簡単な結論に辿り着くが、それを実行することがどれほど難しいか、ここまでの道のりでもう知ってしまっている。


……動けない。


椅子の上で固まっていると、突然物凄い力で胸ぐらを掴まれて息が止まる。


セーラー服の胸当てに付いているスナップボタンがブチブチと外れる音が頭のどこかで響いた。


「へー、やっぱり。会った時から思ってたっスけど、可愛い顔してるっスねえ。……いくらでも使い道があるなぁ」


「……!」


「変態の旦那に売り飛ばすか?それとも一生、地下街(スラム)で体売って暮らさせる?その綺麗な足、切って売ってあげてもいいっスね」


「うぷっ……!」


倫理からとことん外れた物言いに吐き気が込み上げた。