溺愛、しないで


──ローファーと革靴。


二人分の足音が地下のコンクリートを叩く。


前を歩く灰色のスーツを着た男の人から異様な圧を感じ、反抗してはいけないと足が勝手に動いてしまう。


彼は一見、優しくて良い人そうだが、それが逆に得体の知れない恐怖を(あお)り私は肩を強張(こわば)らせた。


びくびくしながら辺りを見渡すと、そこら中に病院着を着た患者がいる。


そしてそのほとんどが、およそ普通の日常を送っていたらつかないであろう顔面に傷が走っていた。


青島と呼ばれていた背の高い人は、途中からどこかへ行ってしまった。


迷っている様子もなく前を歩く彼は、歩幅を合わせてくれる気はないらしく、少し離れてしまった距離を私は小走りで追いかけていく。


「入るっス」


え……結構地下深いところまできたけど、そんなところにある部屋に入るの……?


──第六感が警告を発する。


しかしそれに従って逃げる勇気があれば、私は彼に背を向けてとっくに走り出している。


恐る恐る中に入ると、立て付けの悪い音を響かせながら、ただの扉にしては厚い作りをしているそれがゆっくりと閉まっていった。


「あ、の……」


「とりあえず、そこの椅子に座ってくれるっスか」


指を差されたのは、鉄製の椅子。


どれだけ暴れても壊れなさそうなもので、肘掛けもしっかりとつけられたものだ。


私は彼を怒らせないように、言われた通り素直に腰掛けた。


室内を見渡すと、医療用パーテーションが散らばるように置いてあり、硬い金属のようなものが触れ合う音がその向こう側から聞こえてくる。


これから何をされるのか分からない恐怖で心臓が早鐘(はやがね)を打つ。


自分から目を離している今が逃げるチャンスだと思い浮かぶが、やはり意に反して足が動かない。


怖い。逃げたい。でも逃げられない。でも逃げないと。


冷や汗をかきながらそんな葛藤(かっとう)を繰り広げていると、ようやくパーテーションの向こう側から彼が出てきたが、何故かその両手にはゴム手袋がはまっていた。


「そういやあその制服、加山東(かやまひがし)っスよね?」


「っ!?」


「あ、君結構顔に出るタイプっスね!そういう奴の方がやりがいがあるってモンっすわ。まあ俺拷問はしないっスけど、専門外なんで」


「え?」