朝の徒花

4-8.違和感

駅前の喫茶店、奥のボックス席。
私たち4人は席まで一言も話すことなく、移動して、注文したアイスコーヒーが来るまで音も立てもせずジッと座っていた。
四つ分のグラスが目の前に置かれても、誰もストローに手を伸ばそうとはしない。
気まずい沈黙がずっと続くように思えた。
 
重い空気に耐えきれず、隣に座る彰将さんが沈黙を引き裂いたのだった。
彼は何も言わず、珈琲店で私たちにみせたあの録音データを、テーブルの真ん中で再生する。
 
「本当に、奈良さんに会えない間の半月間、信じられないくらい寂しかったんですからね。」 
「宮本さん、そこまでボクのことを思ってもらえるなんて、本当に嬉しいよ。」
  
スピーカーから流れる二人の艶っぽい声に、奈良さんはビクッと肩を揺らし、必死を作った顔で奥さんを見た。
奥さんは溜息をつきながら彰将さんに言う。

「申し訳ございません。
正直言えば、これだけでは不倫の証拠としては乏しいでしょう。
ただ、私にも守る家族がいますので、早期解決のために示談金を支払わせてください。
不貞が確認されて50万~100万円が相場と言いますので200万円でいかがでしょうか?」

相手側の、同じ被害者である立場から淡々とした語り口調で提案された彰将さんは圧倒されっぱなしであっという間に頷いていた。
そして、奥さんから宮本家に対しては請求しないということで合意し、簡単なメモ書きながら各々がそれに署名まで終わらせる。
 
「許して欲しい。
出来心だったんだ!
肉体関係は一切ない!
信じてくれ、ボクが愛しているのは家族だけさ!
本当は今日彼女と会うのも関係を清算するためだったんだ!
嘘じゃない、信じてくれ!」
 
必死に言い訳をする奈良さん。
その情けない姿を見つめながら、私は先ほどから感じていた奥さんへの「奇妙な違和感」の正体を暴くためにも、私の持論を彼女にも伝えた。
 
「奥さん、誤解しないでください。
奈良さんが言うように私と彼の間に不貞の事実なんてないんです。
私にとって夫の彰将さんが一番大切な家族。
奈良さんには純粋な心の繋がりと癒やしを求めていただけ。
これは別のベクトルなんです。
考えてみてください、スポーツや女子会。
男性ならキャバクラや風俗だってありますが、これは不倫や浮気ですか?
家庭の不満を外の、別のベクトルで癒やすからこそ、家庭が壊れずに済むと私は考えています。
世の中、みんなそうだと思いませんか?」
 
私は奥さんを見つめた。
普通なら、怒り狂うか、呆れて席を立つ場面だ。
しかし、奥さんは取り乱さない。
それどころか、じっと私を見つめたあと、深く、優しく、慈しむように頷いた。
 
「ええ、あなたのおっしゃることは分かるわ、宮本さん。
本当にその通りよね。」